春に想われ 秋を愛した夏


キッチンでは、シンプルで使いやすそうな真っ白のコーヒーカップに、香りのいいコーヒーが注がれている。
それが目の前のこれまた素敵なテーブルに、コトリと静かに置かれた。

「インスタントじゃないけど」

笑いを混ぜて進められ、一口含むと明らかな美味しさにほっと息が漏れた。

「おいし」
「よかった」

春斗はにこりと微笑むと、壁際に置かれたレコーダーのそばに行き、会話を邪魔しない程度のボリュームで音楽を流す。

「本当は、ずっと逢いたかったんだ……」

プレーヤーの方を向いたまま、私には背を向けるような状態で、春斗がポツリと零した。

「うん。けど、仕事が忙しいんじゃ、仕方ないよね」

ずっと、春斗に逢って秋斗の全てを消し去って欲しいと思っていた。
何も考えられないくらい、愛して欲しいと思っていた。
なのに、物分りのいい女を演じて見せ、素直に気持ちを吐露できない自分がもどかしい。

「ごめん……」

そんな暗い声で謝られてしまうと、とても酷いことを強要している気になってしまう。
ただ、逢いたいと思うことが、とても罪なことのように思えてならない。

背中越しの謝罪は、とても切なさを含んでいる気がして、見えない表情が私の不安をあおり部屋の空気が重くなっていく。

やっと逢えたというのに、触れ合うこともない。
このままじゃいけない。
せっかく逢いにきたのに、こんなんじゃ駄目だよね。

気分を変えるように、私は明るい声を上げた。

「部屋、凄く広いね」

一人住まいにしては広い、二LDKの間取り。
リビングだって、とてもゆったりとした広さだ。

「実は、また秋斗と住もうとしてたんだ……」

思わぬ名前に、心臓が跳ね上がる。
明るく上げた声が間抜けなくらい、墓穴を掘ったようになった。
同時に、訪ねていって怒らせてしまった秋斗の顔が瞬時に過ぎり、胸が苦しくなっていった。

「そう……なんだ」

なんでもない風を装い、背を向けたままの春斗へ応えたけれど、声が震えてしまった。
その声の震えに気づいたみたいに、春斗が振り返る。

じっと私を見つめる目が、何かをとても迷っているように揺れている。
言葉にしようと口を開きかけては、閉じ。
歯がゆいほどに時間だけが過ぎていった。


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