春に想われ 秋を愛した夏


「抱きかかえて大学の保健室に連れて行ったのはいいけど。あんまり重くて、そのあと手の震えが止まらなかった」

秋斗は冗談めかして言うと、両腕をプルプルと震わせて笑う。

「失礼な」

ふんっ、とそっぽを向いたら益々おかしかったようで爆笑された。

にしても。
私には、か弱いイメージというものが、全くといっていいほどなかったのね。
それ女として、ちょっと、よね。

思わず嘆息してしまう。


駅に向かい、二人並んで夜の道を歩いた。
会社を出たときには熱帯夜だったはずが、食事をしているうちに激しい一雨が降ったようで、今ではいい風が吹いている。
酔い覚ましに一駅くらい歩いても平気かも、そんな風に思わせるくらい心地いい夜風が二人を撫でていた。

「秋斗、ずっと同じ仕事続けてるの?」

さっき和食屋で訊かれて、自分は黙秘を貫いた質問を秋斗にしてみた。
アルコールの勢いに任せ、昔となんら変わりない口調で話しかけると秋斗も応えてくれる。

「まぁな」
「へぇ~」

「意外だ、とでも言いたそうな顔つきだな」
「よくわかってるじゃない」

不適に笑ってみせると、なんだか嬉しそうに口角を上げている。

「香夏子が何を考えてるかくらい、俺には解るさ」

その瞬間、まるで垂直落下でもするみたいに心が冷えていった。
秋斗の言葉に、私は急に冷静さを取り戻し始めたんだ。


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