【続】三十路で初恋、仕切り直します。
3 --- 社会人の性分

(3)社会人の性分


「丹羽くん?だからもうすぐ着くから。今運転中。もうかけてこないでね」


信号が青に変わり、慌てて携帯を切って発進する。


カフェでひとしきり話をした後で、優衣に「ほら。じゃあ今から帰ってホウスケさんに言いたいことみんな話しに行っちゃいなさいよ」と送り出されたものの、駐車場に着く前に会社から携帯に連絡があり、「至急出勤するよう」指示された。


「こんなことなら着信、無視すればよかった」


ぶつぶつ文句を言っても後の祭りだ。それにどのみち自分の性分では、仕事先からの連絡に気付かなかったふりなど出来ない。無視したところでどうせ気になって何も手につかなくなるのがオチだ。


「……半年振りに会う彼氏が家で待ってるのに……」


ここで仕事を優先しちゃうようだから、わたしって結婚出来ないんだろうな、と車中で自虐的な呟きを漏らす。

会社に到着するなり法資に『出勤になりました。お昼は冷蔵庫にあるお惣菜を適当にあたためて食べてください』とメールを送ると、安全靴に穿き変え、ワンピースの上に作業着を羽織って現場に向かった。







「営業の言いなりになってんじゃねぇよ、この馬鹿がッ」

現場から耳に馴染んだ怒声が聞こえてくる。無駄にデカい声の主は班長の田子だ。その田子に罵声を浴びせられている相手は、大きな背を丸めて困ったように頭を掻いている。先月から泰菜と同じ生産管理課に所属することになった丹羽だ。

もとは工場の出荷場で働いていた非正規雇用のフリーターだったのを、作業覚えの早さや的確な仕事の捌き方が評価され、2月いっぱいで寿退社した千恵の後任として現場から配置換えされてきた青年だ。


その丹羽が、近寄ってくる泰菜を見つけてぱっと顔色を明るくする。


「……相原さん……!」


待ちかねていたのだろう、ほっとしたような顔をする。

千恵の後任になる人材がなかなか見つからない中、若いけれど仕事ぶりが真面目な丹羽にいち早く目を付けて生産管理課員にしてはどうかと上部に推薦したのが泰菜だった。

就職がうまくいかずに仕方なしにフリーターをしていたという丹羽からは「正社員になれたのも全部相原さんのお陰です」と感謝され、以来なにかと懐かれていた。


「田子班長。ほら相原さんが来てくれましたよ」
「あん?相原だあ?」

「休日まで朝からお疲れ様です、班長」


泰菜の声を聞いて、苦虫を潰したような顔した班長が振り返ってくる。


「まったくだってんだよ。その上この若造、さっきから益体もないことばかり……」
「班長も相変わらずですね。丹羽くんはうちの大事な新人なんですから、そんな頭ごなしに怒鳴らないであげてくださいよ」


言いながら事務所でプリントアウトしてきた本社の営業からのメールに目を落とす。




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