(4)元彼


どんな罰ゲームなんだろ。




今席にいるのは泰菜と長武のふたりきり。気まずい沈黙の落ちた座敷席で、それをやり過ごすために何度もグラスの水に口をつけていた。

何も知らない丹羽が「俺煙草切らしてるんで、ちょっと駅前のコンビニで買ってきますね」といって席を外してしまったのだ。



---------法資のこと、ないがしろにしてるからバチが当たったんだ。



そんな自虐的な考えが脳裏をめぐる。会社を出る前にいちど法資に電話を掛けたけれどつながらず、メールも打ったのに返事もこないままだった。きっと自分がいつまでも帰ってこないことにご立腹なのだろう。

思わず溜息をこぼすと、それが耳に入ったらしく長武が泰菜に視線を寄越してくる。


「あのな。そんなあからさまに嫌そうな態度取ることないだろ」
「……今の溜息はべつに課長にじゃありませんから。どうぞお気にせず」


ぴしゃりと言い放って会話を閉じようとするが、長武は席を立ってわざわざ泰菜の正面に腰を下ろしてくる。


「ちょっと課長……」
「この前はうちのが悪かったな」

あまり悪びれた様子もなく謝ってくるところに腹が立って長武をにらみつける。

「本当に悪いと思ってるなら、浮気を疑われるような行動は控えてくださいよ。こっちだって誤解されると迷惑なんですから」

泰菜の非難に、長武は曖昧に笑う。





ほんの数日前。

泰菜の携帯に長武からの着信があった。会社携帯のナンバーだったら迷わず出るけれど、プライベート携帯の番号だったから何度も掛かってきたけど無視した。すると翌日の早朝に彼の妻である千恵が電話を掛けてきた。


『彼はあたしのだんななんだから、もう竜二さんにちょっかい掛けるのやめてくださいっ』


どうやら長武の携帯チェックをした千恵が、履歴に残っていた泰菜の名前を目にして逆上したらしい。夫と泰菜が今でも切れていないのではないかと疑った千恵は電話口で泰菜を罵り続け、しまいには泣きじゃくりだした。

どうやら千恵は安定期に入ったもののはじめての妊娠で気が立ち、精神が不安定になっているようだった。それで証拠もないのに二人が不貞をはたらいていると思い込み、過剰な嫉妬と理不尽な怒りを泰菜にぶつけてきたのだ。





「今日だって家で千恵ちゃん待ってるんでしょう?早く帰ってあげたらどうですか」

言外に「わたしもあなたとは飲みたくありません」という意思を込めて言うと、長武は聞こえよがしに呟いた。

「……早く帰りたいと思うような家なら、こんなところで一人で飲んでなんかないよ」


元恋人に家庭の愚痴をこぼすなんてこの男はどういう神経しているのだろう。呆れながら通路のほうに視線を向けるが、残念ながら丹羽が戻ってくる様子はないし、班長たちもまだやってこない。

苛立つ泰菜に長武は憐れみを誘うような笑みを浮かべて言った。


「このシャツだってさ、何も言わなくても泊まったときはおまえいつもアイロン当てておいてくれたよな」

長武は柄の短くなった煙草を捻り潰すと、意味ありげに着ているシャツの襟元を掴んで示した。

「……どうしてそれ、処分しておかないんですか」

今長武が着ているバーバリーのシャツは、誕生日に泰菜が贈ったものだ。千恵がそれを知ったらどんな思いをするだろうかと思うと、つい責めるような口調になってしまう。長武は何も答えず、じっと泰菜の目を覗き込むように見詰めて口を開いた。



「なあ泰菜。俺は結婚する相手を間違えたのかもな」





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