【続】三十路で初恋、仕切り直します。

「……やっぱり課長、もう帰った方がいいですよ。だいぶ飲んでますね」


妙な視線を送ってくる長武をそういってあしらおうとすると、長武は座卓に身を乗り出すようにして熱っぽく語りかけてきた。


「酔ってなんかないよ。泰菜、俺は本当に」


二人の視線が束の間重なった。こうして正面から見つめ合うのは随分久し振りのことだった。職場で顔を合わせてもお互いにろくに顔も見ないで話していたから、たぶん、まともに顔を見るのは別れ話をして以来だ。


「……本当におまえには悪いことをしたと思ってる」


付き合っているときはたとえ長武の方に非があったときでも、長武から謝ってくることは滅多になかった。浮気が露見したときでさえ「ごめん」の一言すらなかった。

職場では人当たりのいいひとだったけど、意外にプライドが高く、プライベートでは人に折れることが出来ない意固地なところがある人なのだと付き合っているうちに知った。


その長武が謝っているのに。言葉が全然響いてこない。





「……泰菜って、名前で呼ぶの、もうやめてください」

迷惑だということを隠しもせずに言うと、長武はすこし不快げに眉根を寄せて訊いてくる。

「どうして。……今付き合ってる男でもいるのか?」

答えずにいたけれど、泰菜の固い表情を見て悟ったのだろう、長武は皮肉げな顔で笑った。

「誰だ?うちの職場の男か?俺の知ってる奴なのか?」
「課長には関係のないことです」


きっぱりと言うと、座卓の上の泰菜の手に長武が触れてこようとしたから、反射的に引っ込めた。


「ちょっとっ………やめてください…」
「千恵が孕んだからとはいえ。俺はなんでおまえにしなかったんだろうな。結婚するなら泰菜みたいな女が一番なのに」
「……今更何言ってるんですか」

「本当に今更か?もう泰菜は本当に俺のものじゃないのか?」



縋るような声で訴えてくる長武を見て、切ないような、言い様のない気分になる。未練があるからじゃない。こんなどうしようもないことを言い出す男でも、付き合っていたときは結婚まで意識していたのだ。

長武に好意が残っているからじゃなく、かつては長武のことを本気で好きだった自分のために、これ以上幻滅させられるような姿は見たくもなかった。

情けない顔をする長武を見て、そんなことを冷静に考えていた。




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