【続】三十路で初恋、仕切り直します。


「お熱いねぇ。見詰め合っちゃってなぁにしてんだか」
「……す、すーさん……!」


冷やかしてきたのは、到着を待ちわびていた田子班の班員のひとり、鈴木だった。鈴木は「お待たせな」と泰菜に告げると後ろに振り返って声を張り上げた。


「おおい、宮さん、井っちゃん。やっぱ長武課長だよー」

「なんでぇ、長武、休出もしねぇでこんなとこで相原ちゃん引っ掛けて何してんだよ」
「今日の相原ちゃんの生脚にカチョーさんまでグッときちまってたんじゃねぇの?」
「おいおい、相原ちゃんに悪さする気なら田子班が黙っちゃねぇよ。若い美人の嫁さんにチクッちまうぞぅ」


鈴木の後に宮原と井野も続き、地黒がゆえに『田子班の三羽烏』と呼ばれている面子が勢ぞろいした。


「すーさん、宮さん、井野さん、おつかれさまです」
「おうよ。ってかほんとになんで課長がいんだよ」


鈴木に訊かれて、泰菜が「おひとりで飲みに来られていたみたいですよ」と丹羽が誘った経緯も含めて説明すると、三羽烏は妙な笑みを浮かべる。


「で、その丹羽くんはどこ行ったんだよ、いねぇじゃねーか。まさかほんとに密会だったんじゃねぇだろな」
「そういや一時、長武が相原ちゃんにちょっかい掛けてるって噂あったもんなぁ」
「まあ、でもガセだったんだから、あっちの若いのとツレになったんだろ。なあ、長武?」



訊かれた長武は曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁すので、「馬鹿言ってないで早く座ってくださいよ」と泰菜が着席を促した。

長武との交際は社内では公にしていなかったのに。

若い人間のしてることなんて、年長のおじさんたちにはみんな分かってしまうものなのだろうか。やっぱりこういうことは年の甲なのかなと、意外に鋭いおじさんたちに内心ひやりとしていた。


「なんだよ相原ちゃん、急かしやがって」
「あやしいなぁ。実はほんとに長武との不倫現場だったとか?」


三羽烏の発言があきらかにただ面白がって言ってる冗談なのだと分かっていたので、「くだらないこと言ってないでくださいよ」と言おうとして。でもその途中で信じられないものが視界に入ってきて、一言も発せられないまま口を開いて固まってしまう。


「ダブル不倫かぁ。だとしたらこれからおもしろい修羅場を拝めるなぁ。ねえ班長?」


三羽烏の最後尾にいた宮原が背後に振り返って同意を求める。そこにはいつの間に入店していたのか、班長の田子の姿があった。まるで毛虫でも見るような顔で長武に視線をくれている田子のそのまた後ろ。

予期しえなかった人の姿があった。あまりにも驚きすぎて、あんぐりと空けたままの口ばかりだけでなく、目も瞳に渇きを感じてしまうくらいおおきく見開いて、その場に縫いとめられたように動けなくなってしまう。



「おい、どうした相原ちゃん、」
「班長が相原ちゃんのいとしのダーリン、連れてきてくれたんだぜ」
「今日がデートだって知ってりゃ、俺らだって丹羽くんが呼び出すの止めてやったのになぁ」



三羽烏がなにかを喋っていたけれど、誰の言葉も耳に届いていなかった。



七分丈の爽やかなジャケットに形のきれいなカーゴパンツを合わせただけのラフな恰好。なのにそれがとても様になっている見目のいい男。



「……ほ、……法資……!?」



田子に連れ立つような形で、まさかのその人が言葉もなく控えていた。





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