ホルケウ~暗く甘い秘密~



世の中には信じられない偶然というものがあるのだと、りこは知識としては知っていた。

しかしいざ自分の身に降りかかると、ああこれがそうか、などと簡単には納得出来ない。

たった数日の間に、なぜ二回も今巷で噂になっている話題の生物に遭遇せねばならないのか……しかも、なぜ自分なのか。

長く感じた独白の時間は、現実ではほんの一瞬の出来事だったようで、いつの間にかりこと玲の距離は縮んでいた。

りこを庇うようにオオカミと対峙している玲だが、肝心なことに気づき、顔が青くなる。


「玲……まさか、オオカミと戦う気?」


りこの問いを無視して、玲は落ち着き払った声で言った。


「時間稼ぐから、今すぐここから逃げろ。家に入ったら鍵をかけて、すぐに警察に通報するんだ。絶対にひとりになるなよ」


勇ましい口調から伝わる、玲の燃えるような闘志に、りこは戦慄した。

やはりオオカミと戦うつもりなのだ。

気まずい感情をかなぐり捨て、りこは玲の腕にしがみついた。


「いくらあんたが強くても、相手は動物よ!?無茶なことしないで一緒に逃げようよ!」


勢いで出た言葉とはいえ、りこの気持ちに嘘はなかった。

だが玲の返事は――――――――――――――――



「俺を心配するふりしてる暇があるなら、さっさと逃げなよ。喰い殺されても知らないよ」



今まで見たこともないほど冷えきった瞳で、玲はりこを睨んだ。

一瞬、心臓が引き絞られたかのような痛みに襲われるが、にじり寄るオオカミを前に、これくらいでめげてはいけないと、りこは自分を奮い起たせた。


「なにかっこつけてるの!いいからさっさと逃げるわよ!」


玲の手を引っ張った瞬間、オオカミが大きく跳躍した。

りこに向かって真っ直ぐに跳んでくるが、まるでスローモーションの動画のように、やけに緩かに時間がすすむ。

これくらいなら、余裕で避けられるのではないかと期待をもったりこだが、頭の中のもう一人のりこは真実を突き付けた。


ただ足がすくんで、動けないだけなのだと。


「ッ!!」


息を吐き出した瞬間、オオカミはそこまで迫っていた。

噛まれる覚悟をし、ギュッと目をつむったりこだが、ヒュンとなにかが風を切る鋭い音が耳に入る。

続いて、ドゴォッといった重く鈍い衝撃音。

キャンキャンと力無い泣き声がして、やっとりこは目を開けた。
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