マーメイドの恋[完結]
伊原との生活そして……

夏子はもう、伊原のことを好きだという気持ちは、沸き起こってこなかった。
そのことを知ってか知らずか、伊原は毎晩夏子を求めた。


伊原は、以前にも増して優しくしてくれた。
引っ越しも手伝ってくれ、夏子はマンションを売り払った。
そしてカフェの仕事も辞めた。


家具など、ほとんどのものは処分し、伊原のマンションに持っていくのは、洋服や靴やバッグの少しだけの荷物だった。


伊原との新しい生活が始まった。
結婚という形ではなかった。
伊原もそんな言葉は言わないし、夏子も伊原と結婚したいとは思わなかった。


夏子は、伊原に抱かれる度に、あの日のことを思い出すのだった。
あの日のこと……。
そう、それは大阪のマサのアパートで見たあの光景だ。


その光景が目に浮かんだとき、夏子は伊原にしがみついた。
それを伊原は、夏子がしがみつくくらいに感じてくれているのだと解釈しているようだった。


< 160 / 169 >

この作品をシェア

pagetop