過ちの契る向こうに咲く花は
「あの、じゃあ私はこれで」
 事情もはっきりしたし、これ以上長居する必要はない。そう思い立ち上がろうとすると、伊堂寺さんに止められてしまう。
「誠一郎が向かっていると言っていた。それまで待っていてくれ」
「いや、あの、なんか前後が繋がってないと思うんですが」
 どこの誠一郎さんかは知らないが、だから待っていてくれと言われても返答に困る。そういう意図を込めて口にすると、伊堂寺さんは「ああ」と気づいてくれたかのように頷いた。

「詫びに飯でも食っていけ」
 新たな理由は、なんとも断りにくいものだった。
 とはいえ、無碍にして今後の仕事に響いても嫌だ。忘れかけてはいたけれど、出向してきた上司に間違いはない。
「とはいえ、作れるわけでもないから出前だが」
 困った、と悩んでいたところにつけ加えられたひとこと。顔は笑っても恥じてもいなかったけれど、なんとなく救われるような気がしてしまった。

「じゃあ、お言葉に甘えて」
 これでどこか高級レストランにでも連れて行かれたら嫌だったけれど、誠一郎さんなるひとも来るからふたりきりではないし、応じることにした。何よりもう空腹も限界だった。
 私の言葉に伊堂寺さんが「なんでもいいか」と聞いてきたのでお任せしますと答えておく。電話片手にキッチンへと引っ込むその背中を眺めつつ、とりあえず良かった、と私は大きく息を吐いていた。
 
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