過ちの契る向こうに咲く花は
 朝、定刻通りに目覚まし時計が鳴る。
 とはいえ、昨夜は昨日あったいろんなことがもやもやし過ぎてなかなか寝つけなかった。その分、目覚めもいまいちだ。
 それでも休みじゃないのだから、起きなければいけない。ぼうっとする頭を無理矢理持ち上げ、なんとかベッドから這いずり出る。
 こんな姿、母が見たら「しゃんとしなさい」と怒っただろう。今はもうその声すら聞けないことが、さみしい。

 とにかく遅刻するわけにはいかない。顔を洗って朝食を用意する。昨日お詫びにと持たされたケーキは、とてもひとりで食べきれる量じゃなくまだ冷蔵庫へと入れらている。朝ご飯代わりに食べてもいいかなと思ったものの、中身を確認したらモンブランにチョコレートケーキにロールケーキ。無難に、トーストと目玉焼きにすることに決めた。

 いつものニュース番組を横目に、朝食を食べ、服を着替える。
 黒ぶちの、おしゃれとは到底言えない眼鏡をかけ、鞄を掴む。
「いってきます」
 誰もいない部屋に向かって言う。
 外の世界は、今日も明るく、眩しかった。

 会社へと着くと、狭い駐車場の片隅にすでに昨日拉致された車が止まっているのが見えた。その途端、気が重くなるのはしかたがない。
 どうもこうも対処は思い浮かばなかったものの、昨日伊堂寺さんに連れて帰られたのを、一部の社員には見られたのだ。しかも女性社員、ということはある程度噂になっている可能性大。
 挙句、同じ会社に本物の会社員がいる。野崎すみれさんとはほとんど喋ったことがないけれど、営業部の美人だということは知っていた。噂程度には、かなりはっきりした性格のおかげで営業成績も良い、と聞いている。
 そんな人に、どういいわけしたらいいのだろう。いや、間違えられただけです、って素直に言うしかないと思うんだけれども。それでいいのだろうか。

 はあ、とため息をつき社屋へと入ろうとすると、いきなり二の腕を掴まれた。
「っ、伊堂寺さん」
 おはようございます、なんてこんな状況でも口にしそうになった自分が馬鹿だ。
「ちょっと来い」
 もちろんそんな挨拶なんて抜きに、伊堂寺さんは私を引っ張ったま階段を昇ってゆく。

 昨日の今日で、こんなシーン誰にも見られたくなかった。
 少し早めに出社しているおかげか、人の気配がなかったことだけが幸い。
 そして腕を振り払えることなく、昨日案内するはずだった会議室へと連れ込まれる。
 
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