過ちの契る向こうに咲く花は
「野崎すみれさんの立場、どうなるんですか」
「家から話をつければなんとでもなる」
 そういう話ではなく、彼女自身のプライドの問題のことを言ったのに。
 というか、どうにかして逃げれる手立てはないものか。
「でも既に彼女が婚約者だと公言していたら」
「誠一郎に確認したが、そんなことはない」

 根本的なところで、このひとにとって女性とはなんなのか、と思わずにはいられなくなってきた。これだけ立派な容姿をお持ちなのだから、女性なんて不自由しなさそうだし、こういうのにだって付き合ってくれるひとがひとりやふたりぐらい、いそうなのに。

「もうこんな時間か」
 その声に我に帰る。時計を確認すると始業五分前だった。
「そういうわけだ。今日の帰りは家まで連れて行ってやるから、荷物をまとめておけ」
「はっ!?」
 遅刻はさすがにしたくない。しかも伊堂寺さんと揃ってだなんて、昨日の今日でもう完全に噂のネタになる。なんて焦ったところで、耳を疑うような言葉が追い打ちをかけてきた。
「言っただろう、部屋は用意してあると」
 さも当然のように、いやむしろ理解していない私が悪いかのごとく、伊堂寺さんが言い放つ。
「なに勝手なこと言ってるんですか。私はまだ婚約者になるってこと」
「うるさい。遅刻するぞ」
 認めてません。
 その声は扉を開ける音にかき消された。大きな背中は聞く耳持たずで廊下へと出て行ってしまう。

 ひとり会議室に取り残された私は、始業のベルを聞くまで一歩も動くことができず、ただ立ち尽くしていた。
 
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