過ちの契る向こうに咲く花は
 そこまで考えて、ふと気づく。
 このまま最後まで残業をしていたら、昨日のようにまた伊堂寺さんに拉致されるのではないかと。
「すみません、佐々木さん」
 それだけは嫌だ、とすぐさま口が動いた。ボスのところへ行って、申し訳なさそうな声で言う。
「今日、大切な用事があったんです。すこしはやめに、帰っても良いでしょうか」
 用事なんてないんだけれども。普段は真面目に仕事してるし、サービス残業ではないのだからたまには許して欲しい。
 社会人として失格かもしれない。でも、今は人生を優先したい。

「そうか。じゃあきりが良いところで上がりなさい」
 ボスは疑うような眼差しひとつ見せず、いつもの口調で許してくれた。
「報告が遅くなってしまい申し訳ありません」と頭を下げると「いいよいいよ」と笑ってくれる。

 席に戻ると水原さんに「用事?」と疑問を投げかけられた。その中身までは考えてなかったと、急遽「母の親戚がこちらに来ているらしくって」と適当な嘘をつく。
 お母さん、ごめん。内心謝る。

 そこからはもうなるべく急いで目の前の仕事を消化した。おかげで皆より一時間前には仕事を切り上げることができた。
「すみません。お先に失礼します」
 そう深々と頭を下げて、鞄を掴む。
 その右側から、鋭い視線がこちらを睨みつけていたのは、気づかないふりをしたかった。
 
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