過ちの契る向こうに咲く花は
 もちろん、会社を出た後は真っ直ぐに家に帰った。晩ご飯の材料が乏しかったけれど、ケーキを食べる覚悟で、とにもかくにも一目散に家に入ることが第一だった。
 駅までと、駅からと、あの車が追ってきたらどうしようと不安でいっぱいで。
 きょろきょろ振り返りながら歩いているときに、これは明らかに自意識過剰だと思い立った。

 そんなに、自分に価値がある人間だと思えない。
 予想外の展開にすこし舞い上がってるのかもしれない。

 とは思えど、急いで帰宅するに越したことはなかったから、寄り道は一切せずアパートの敷地へと入る。
 そこに見た、邪気のない笑顔。
「残念、葵ちゃん。無理みたい」
 いや、ほんとに勘弁してください。そう口にしたときには捕獲されていた。

 二日連続の拉致。
 これはもう、警察に訴えたら事件にしてくれないだろうか。

 鳴海さんの車の助手席で、私はただひたすらに現実逃避を繰り返していた。何を話しかけられても、まともに答えていなかったと思う。昨日のケーキ食べたかったなとか、いっそひとりで豪華に外食でもしてくれば良かったなとか。そんなことを延々考えてはため息をついていた。
 だから、昨日も来たマンションに着いたところで、車を降りる気にもならない。

「葵ちゃん、動かないとね、もうちょっと大変なことに」
 なんて鳴海さんの声が聞こえても無視していたら、突如助手席のドアが開けられた。
 寄りかかっていた身体がバランスを崩す。と同時に身体を押さえられてシートベルトが外された。
「えっ、ちょっ……!」
 一瞬見えた横顔は、伊堂寺さんのものだった。

「面倒かけたな、誠一郎」
 そう言う声が聞こえてきたときには、私の視界が混乱していた。
「あー、巽。余計なお世話かもだけど、女の子はもうちょっと丁寧に扱わないと」
 次の声が聞こえてきたときには、状況が理解できた。
 浮いているのだ。私の身体が。
 しかもこれは、米俵のように肩に担がれている。

「いや、ちょっと待ってください! なにしてるんですか!」
 もがこうとして手足をばたつかせると、途端にバランスを失いそうになって慌ててジャケットをつかんでしまった。
「じっとしてろ」
「じっとするので、降ろしてください」
「却下する」
 こんなのマンションの住人に見られたら、あなただって立場ないでしょうが。なんて思っていたら鳴海さんの顔が視界に入る。
「ごめんね、葵ちゃん」
 それはそれは優しそうな笑顔でおっしゃるのだけれど、ちっともごめんと思っていない感じがありありと出過ぎてて、もう泣きたくなってきてしまった。
 
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