過ちの契る向こうに咲く花は
 お互いのプライバシーは尊重する。
 それが最低限で最重要の条件だった。

 一度了承してしまったことは、捺印した書類がなかろうとけして取り消されることなく。
 私は今日から、この部屋で共に暮らすことを余儀なくされてしまった。

 時間も時間、空腹だったこともあって出前を頼んだ寿司を食べながら、これからのことについていくつか取り決めを交わす。
 そうなってはもう、あがくことより如何に自分に有利に進めるかに限ると思ったのだ。

 結果、互いに寝室としてある部屋には踏み込まないこと。
 食事の担当は私、私の寝室以外の掃除は伊堂寺さんがすること。
 洗濯物は互いに片づけること。
 一緒に出勤するのは憚れるから、伊堂寺さんは車、私は電車で通うこと。またその余分な交通費は伊堂寺さんが用意すること。
 そして職場には一切、私情を持ちこまないことが約束された。

 プラス、あえて公にする必要もないけれど、仮にも婚約している、ということがなんらかの形でバレてしまった場合は、余計な質問には答えず、親の決めたことだと言い切ることも。
 そうならないように最大の努力はするつもりだけれど、一緒に暮らすのだから、何がどうなるかわからない。

 もちろん、互いに恋愛感情どころか、仕事の関係以上に仲良くしようという気もない。あくまで伊堂寺さんのご両親が飽きるまでの肩書に過ぎないのだ。
 だから、リビングにふたり揃ったところで気遣い無用ということで落ちついた。

 味だけはとても美味しい夕食の後、伊堂寺さんが私の部屋を教えてくれた。
「足りないもの、必要なものがあったら遠慮なく言え」
 そう言われて入った部屋は、十畳ほどのフローリングで、セミダブルのベッド、衣装ダンス、クローゼット、それにちょうど良い大きさの机と椅子が置かれていた。
 色合いはリビングと一緒だった。カーテンも、ベッドカバーも、質の良いもので統一されている。
 さして暮らしにこだわりがあるわけではなかったから、充分だった。

 その後はとりあえず家まで連れて行ってもらい、最低限の荷物をまとめて戻ってきた。他に必要になるものがあれば、週末にでも取りにいけばいい。冷蔵庫のケーキも忘れてはならないと、持ってきてひとり食べる。伊堂寺さんに食べるか聞いたが、甘いものは苦手だということで私ひとりでふたつ食べた。さすがにみっつは無理だった。
 お風呂はシャワーで済ませ、いつもなら家ではかけない眼鏡も再び装着して寝室へと戻る。すっぴんを見せることにさして抵抗はなかったものの、なるべく顔を合わせなくて済むようにすばやく行動する。

 これが一ヶ月ぐらい続くかと思うと、家に帰っても休まる気がしないだろうな、とベッドに沈みながら思ってしまった。同時に、なるべく部屋にこもってしまおうとも。
 さすがに疲れたのか、私の意識はそこで途切れた。
 
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