過ちの契る向こうに咲く花は
 幼い頃、素直に母を美しいと思っていた。
 年は、それなりに取っていた。それでも相応の見た目と魅力を持っていた、んだと思う。
 そして何より、言い寄ってくる男をいつも跳ねのけていたその姿を誇りにしていた、子どもながらに。

 私は私生児だった。父の顔は知らない。
 それでも充分に幸せだった。母はいつも私を見ていてくれたし、ときに優しく、ときに厳しく育ててくれた。
 だから、だんだんと成長する自分の姿が、母に似てきたことをとても嬉しく思っていた。違っていたのは母より若干色素が薄いということだった。あのつやつやとした黒髪は手に入らなかった。
 そして父のことも、色素のことも、謎は解けないまま母は逝ってしまった。大学生のころに。

 母は晩年、私のことを気に病んでいただろう。
 でもしかたがなかった。自分の人生に、生き方に折り合いをつけるのにはこうするしかなかったのだ。

 私は毎朝、鏡を見て気合いを入れる。
 けして自分は悲劇のヒロインではないのだと。

 そうして母とは似ても似つかない、人工的につくられた黒髪をひとつに結い、ブラウン系だけの化粧をして、度の入っていない眼鏡をかける。
 仕事の服はいつもグレーのスーツ。シャツも白と決めている。ローヒールのパンプス、仕事用のシンプルな鞄は黒。
 これが休みの日でもさして変わらない。至って平凡なデニム、ニットやシャツなどの落ちついたカラーのトップス。
 香水は、ほんとうは好きだからたまにだけ身にまとう。母と同じ香り。

 そうやって十年間生きてきた。
 それは私なりの決意であり、意地なのだ。
「顔だけのくせに」
 もう二度と、そんなことを言われないように。努力が認められるように。

 ただ、隣で無言のまま車を運転している人は、どうやらそんなことはなかったらしい。
 羨ましい限りの、満ち溢れる自信は目に見えるようだった。
 今でさえ、この車を運転することに引け目を感じていないだろう。いくら知識に疎くてもこの車がドイツのメーカーの高級車で、しかも左ハンドルで後部座席がなくって、周りから見たら羨む対象だってことぐらいわかる。

 それに比べたら私は、ただびくびくして助手席で固まるばかりだ。
 びくびくしてるのは、有無を言わさず拉致されたからでもあるのだけれど。

 そもそも口を開ける雰囲気でもない。「降ろしてください」なんて言ったら、どうなるのか想像もしたくなかった。ここが一般道だからまだ良いけれど、この人なら高速道路でも問答無用で降ろして走り去ってしまいそうだ。
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