レンタルな関係。

◆本当のこと

 アパートへ戻る帰り道。

 どうやって電車に乗ったのか、どこを通ってきたのか、

 そんなことも憶えていないほど、私はぼうっとしていた。


 それでも。

 たどり着いたのは、要くんのアパートで。

 
 ソファの前の床に荷物を降ろして、しゃがみこんだ。

 ふうと息を吐くと、ようやく意識が戻ってきて。

 
「あ、いけない」


 袋から取り出した食材を冷蔵庫に詰め込んで。

 エプロンをして。

 料理をしようとキッチンに立つ。


 不思議なもので。

 私の手とカラダは勝手に動いていた。

 意識とは、別のところで。


 聞かなかったことに…

 そう思っていたのかもしれない。

 カフェでのことは頭の隅に追いやって。

 無心に包丁を持つ手を動かした。


 要くんに。

 ここに戻ってくる要くんのために。

 
 それでもぼんやりしていた私は、

「痛っ…」

 指を切ってしまって。


 慌てて水道の水をかけて出てくる血を洗い流す。

 血を見て思い出してしまう、あの日の流川の顔。


 切れてた口元。

 滲んでいた血。


 忘れようと思っていたのに、

 こんなときに浮かぶのは、アイツの顔だなんて。


 蛇口から流れ出る水を眺めたまま、しばらくぼんやりしてしまって。

 吹きこぼれる鍋のお湯の音でわれに返る。


「…もう…いや…」


 つぶやくと。

 涙が零れた。


 私は…

 要くんと流川と。


 どっちを思うべきなんだろう。

 
 この状況で…

 何を考えれば…いいんだろう。


 整理のできない頭のなかは、

 ただただ混乱を繰り返すだけだった。






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