イジワル上司に恋をして
「残業よろしく」


「わぁ……いーにおい!」


夏季限定のレモンティーが梱包されてたダンボールを開封して、胸一杯に香りを吸い込む。
爽やかな香りが溢れて、清々しい気分になる。

西嶋さんが来店してから何日か経つけど、結局なにもあるわけなく、わたしは今日も同じように働いていた。


まぁ、正直言って、なにかあるなんて思ってなかったし。
ただ、そういう“未来(さき)”を想像するだけで、生活にハリが出るっていうかね。そうそう、それだけの話。


黙々と、レモンのイラストが描かれた缶を棚に出しながら、ひとり頷く。


だけどさ。この広い世の中にはそういう再会を経て、恋人同士になったって人、いるよね?

この場合、やっぱり相手の情報を一方的に持ってるのは西嶋さんのわけだし、わたしはなにも知らないから待つしかないわけで……。

もちろん、『絶対男の人が動かないとダメ』だなんて決まりはないけど、少なくともわたしは男の人に引っ張ってってもらいたいタイプだから。

だから、「やぁ、会いに来たよ」――なーんて、ひょっこり顔見せてくれると嬉しいんだけどなぁ。


「わっ……!」


焦点定まらぬまま、考え事をしてダンボールを抱え歩くと衝撃が走った。商品棚の角にダンボールをぶつけてしまって、歩行の反動で体が一瞬よろけてしまう。

なんとか態勢を保とうとしたときに、背中にまたなにかが触れる感触。
その原因に気付く間もなく、棚に並んでた缶が、ぐらりとわたしに向かって落ちてくるのが瞳に映った。
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