夫である彼は大学の先輩だった。
 一つ上の先輩だった。

 バイトをしたい私は四月の新入生歓迎コンパを尽(ことごと)く断り、生活費を稼いでいた。
 気づけば一年は終わり、大学生活に余裕が出始めて、今後の就活に向けて人脈を欲した頃、友達に勧誘されてあるサークルを見学に行った。
 部会と言われるミーティングで先輩たちが話しては盛り上げてくれる。

 そこに彼はいた。

 司会者のような人に名前を呼ばれただけ。
 私と同期っぽい子やすっかり馴染んでいる後輩がわーっと盛り上がった。
 ニコニコ顔で、彼が壇上に上がると拳を突き上げて「おめーら、盛り上がってるかー!」と、地声で叫んだ。

 そのムードだけで、私は彼に対して苦手意識を持ってしまった。
 何故か分からないけど、勘で「彼には近付かない方がいい」と思ってしまった。

 やはり彼には噂が絶えなかった。

 人当たりが良いのとルックスの関係からか、男女後輩かんけいなく相談に乗って、特に女子学生にはコクられまくってたらしい。

 らしい、って言うのは友人からの話を聞いただけだし、私は彼を避けてて関わり無かったからだ。

 気づくと大学祭になった。

 実は一年の時は大学祭中もバイトをしてて、学祭の内容すら知らなかった。
 二年になってサークルに入って、強制参加になった学祭は、どこで何を見たらいいのか未知だった。
 控え室でパンフレットを眺めて、どんな部活が何を催ししてるのか見ていた時だ。

「あれ? 休憩? 学祭見回らないの?」

 それが最初の会話だった。

「……どこ、観に行ったら良いか、分からなくて」

 無愛想に返事をすると、彼は「うーん」と唸った。

「お前、連れてけば良いじゃん。今から休憩なんだろ?」

 彼の後ろに誰が居たのか、何か含むように言ったのが聞こえた。

「じゃ、行きますか」

 何が起こったのか、彼は私の手首を掴んだと思ったらさっさと歩き出した。
 ファーストタッチは突然に…てね。

 それから何故か分からないけど、彼と何処かへ行くことが増えた。
 ある日は登山。
 ある日はドライブ。
 ある日はスノボ。
 ある日は…。

 その何回ものある日は…を重ねていく毎に、私の心の中で彼の存在が肥大していくのは誤魔化せなかった。
 そして互いに大学を卒業していって、社会に出て揉まれていたら、会う日は当然、前に比べたら激減していた。

 年一回の年賀状代わりのメールを送って、六年近くに及ぶこの片恋もそろそろ終わりかなと思っていた時だった。

『暇な時にまた連絡して』

 たったその一言が、私を動かした。

 年始は色々と忙しくて時間が取れないと思ったから、ちょっと落ち着いて彼に連絡をした。

『かまってください』

 私らしくなく、ベッドの上で思わず正座をしながら送信ボタンを押した。
 送信中の画面で何回キャンセルを押そうとしたか。
 少し時間が経ってから返信がきた。
 メールを開くのに右手の親指が震えて、自分に叱咤した。

『ごめん、来月でも良い?』

 互いに仕事の都合で時間が合わなくてでズルズルと約束は引き延ばされた。



 約束の日。
 その日の記憶は残念ながら覚えていない。



 嬉しすぎたから。
 会えたことに。

 悲しすぎたから。
 これで最後になることに。



 だから言えたんだ。

「私と結婚してください」

 もう会えなくなるから、恥じらいなんてない。
 因みに私からプロポーズした日は大安吉日。
 心は厄日だけど、そんなの関係なかった。
 あなたと過ごした時間が、次の新しい私を造ると思ったから。

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