◇◇◇


[side 喜一郎]



目の前には空になった珈琲カップが三つと、サンドイッチを乗せていた皿が三枚。

それを店のシンクで洗っていた。



先程、麻里亜さん達を車でアパートまで送り帰って来たところだ。



洗い物をしながら、自然と頬が緩んでしまう。



今日は嬉しかった。

絣(カスリ)の着物に、白いエプロン姿の麻里亜さんを見た瞬間、言葉を失った。



想像以上に美しかったのは言うまでもないが、

言葉を失った理由はそれだけではなく、


日本人らしい顔立ちの彼女に、かつての碧眼のマリアさんが重なり、

込み上げる想いを押さえるのに、苦労したからだ。



それから、僕と同じように、彼女も魂の記憶を取り戻しつつあるのだと理解した。



レストルームで彼女が見た物は、恐らくカフェーで働いていた時の断片的な記憶。



大正時代彼女が働いていたカフェー『ヘドニズム』は、函館でも指折りの大きな喫茶店だった。



喫茶店と言っても、珈琲紅茶を楽しむ事だけを目的とした“純喫茶”ではなく、

夜の蝶を求めやってくる男に、珈琲やアルコールを振る舞う“特殊喫茶”と呼ばれていた店だ。



鉄筋コンクリートの外壁を赤紫色に塗り上げた目立つ外観は、当時としてはハイカラだった。



1、2階は庶民的な比較的安価な酒場。

3階は大理石のフロアに豪華なテーブルセットが置かれた、ハイグレードな場所。



そこは、豪商や官人、金持ちの外国人など、紳士の集う空間だった。



そして4階は…

布団の敷かれた個室が並んでいると言う。



この作品のキーワード
純愛  ラブコメ  歴史  切ない  大正  イケメン  年上  感動  大人  珈琲 

感想ノートに書き込むためには会員登録及びログインが必要です。