甘く熱いキスで

ライナーの孤独

「乱暴、って……」

頭では理解していても、ショックでうまく言葉が紡げず、カイは両手を握り締めた。エルマーは紅茶を一口飲んでから話し始める。

「暴力的な意味でも……性的な意味でも、ね。もちろん未遂だったんだけど、フローラはひどい怪我をした。その前にも陸軍の一部がフローラとヴォルフのデート帰りを襲ったことがあったから。それにはマルクスは関与してなかったんだけど、ま、結局そっちの監督不行き届きも指揮官の責任でしょ?ビーガー家が北地区の辺境に追いやられたのもそのときだよ」

現在、ビーガー家はエルマーの言うように不便な土地でひっそりと暮らしている。おそらくそこでの風当たりも強いだろう。親世代の頃に起きた事件であれば、まだ人々の記憶にも新しい。

「ファルケン側の反対が出なかったのは、ユッテ・アイブリンガーのことがあったからですか?」
「そうだよ。ユッテはヴォルフの婚約者の地位を狙ってた。って言っても、ユッテ自身はただ“王子の妻”って肩書きが欲しかっただけみたいだけどね。ちょうど成人した頃だったし、ヨーゼフもそれを望んでた」

タオブン筆頭のアイブリンガー家の娘ならば、当時まだ独身だった王子の婚約者には最適と言える。

「やっかいなことに、ユッテは当時ピアノ講師をしていたフローラの生徒だったんだよ。まぁ、だからこそヴォルフとフローラは出会ったんだけど」

貴族のお遊びである仮面舞踏会(マスカレード)に一般人のフローラがもぐりこむことは普通ならあり得ない。フローラは、ユッテの代わりで仮面舞踏会に参加したらしい。

その頃の仮面舞踏会は、ヴォルフが渡り歩いていたことで、貴族の娘にとっては戦場のようなものだった。ユッテ――というよりも、熱心にその機会を狙っていたヨーゼフは、その日参加を拒否するユッテの代わりにレッスンで家を訪れたフローラに成り済ましを頼み込んだ。
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