溺愛御曹司に囚われて
彼は少し考えるように眉を寄せ、それから、大事なことを告げるときはいつもそうしてくれたように、私の頬に手を伸ばした。
目の下をそっと親指でなぞり、しばらくしてから口を開く。
「小夜、もしも今お前の側にいるのが高瀬じゃないなら、俺は……」
そのとき、聞き慣れた声が普段より数倍低く、怒りを含んで頭上で響いた。
「触んな」
それと同時にうしろから二本の腕が巻き付いてくる。
びっくりしたけれど、すぐに誰だかわかった私は抵抗しようとは思わなかった。
そのままうしろへ引き寄せられ、硬い胸に背中が当たって、両腕でギュッと抱きしめられる。
「今、こいつに触れていいのは俺だけだ」
頭の上から聞こえる、高瀬の声。
少しだけ息が上がっている。
先生は驚いたように目を瞬いた。
だけどすぐにどこかあきれたような、だけど可愛くて仕方ないものを見るような顔で微笑む。
それは、教室での一ノ瀬先生の顔だった。
「なんだ、やっぱり高瀬と来てたのか。あんまり目を離すなよ。変な男に絡まれてた」
「変な男はお前だろうが、一ノ瀬」
尖った高瀬の声に、先生がやれやれといったように笑う。
恐る恐る顔を上げると、真上から私を見下ろす高瀬と目が合った。
完全に怒っている。それはそうだ。
私はこのリサイタルに来るなんてひとことも言わなかったし、高瀬はもともとこういう場に私を連れてきたがらない。
その上、偶然とはいえ彼に黙って、一ノ瀬先生といるところを見られたのだから。
「小夜、こんなとこでこいつとなにしてた」
案の定、鋭い声で問い詰められる。
「えっと、その……」
なんとかごまかそうとする私を、高瀬の目がはやく答えろと急かし、白状するまで離さないとばかりに拘束する腕に力が込もる。