【完】女優橘遥の憂鬱
ハロウィンの悪夢・スタジオ騒乱
 私は彼女のお兄さんの手を掴んで、バイクの後を追って走り始めた。

その方向はやはりあの場所、監督が先に行ってると言った私の嫌いなあのスタジオだった。



「ごめんなさい。ごめんなさい」

取り残された男性と二人で、新宿にあるとある撮影場へと向かいながらずっと謝りっぱなしだった私。

そんな姿を彼は不思議そうに見ていた。


「どうして貴女が謝るのですか?」

遂に、男性が言った。


「だって、妹さんは絶対私と間違えられたと思うから」

そう言いながら、手が離れているのに気付いた。


「ごめんなさい。心配だから先に行ってる。ホラ、彼処のビルの地下よ」

私はスタジオの入っている雑居ビルを指差して、そのまま走り出した。




 其処は思い出したくもない場所だった。

でも監督は良く其処を使う。

私がどんなに辛い思いをしているかなんて、全く考えもしない人だから……


私はその場所で監督達にヴァージンを奪われた。
だから、大っ嫌いなスタジオだったのだ。




 スタジオの中は修羅場だった。


「いやー、本当に申し訳ないことをした。悪く思わんでくれ」
監督は手を顔の前で合わせてた。


「つまり訴えるな。ですか?」
バイクで追い掛けて行った男性が怒りの声を上げる。

その隣では、イベント広場から連れ去られた彼女がしゃくり上げて泣いていた。


「まあ、さくく言えば」
監督は開き直ったように言った。
でもその言葉にキレたようだ。
拳を丸めて攻撃体制に入っていた。


監督は慌ててその場から逃げ出した。


「良いだろ、減るもんじゃあるまいし……」


でもそれは男性を激怒させた。

逃げ回りながら叫んでいる監督に向かって男性は鋭い眼光を放った。


てもすぐに優しい顔付きに戻った。


(きっと、妹が心配だったんだよね。でも何事もなくって良かった)

私は彼女のデニムを確認して、ホっとした。


男性が彼女の傍に行っても、監督はまだ逃げ回っていた。


(いい気味だ)

私はそんなこと思いながらも、彼女が心配でならなかった。




 『良いだろ、減るもんじゃあるまいし……』

さっき監督の言葉を思い出す。


(きっと、私もああ思われているんだな)
その途端に腸が煮え繰り返ってきた。


それでも、冷静になろうと思い青年を待つことにした。




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