二重螺旋の夏の夜
大丈夫です
信号が青に変わって、ひとときの間止まっていたバスはまた走り出した。



気付いていないフリをして、見ないように見ないようにと自分をだまし続けてきて、わたしは結構ギリギリのところまできていたらしい。

早見さんに言われなかったら多分ずっとこのままだった。

そうしたらわたしは、いったいどうなってしまっていたのだろう。



早見さんというのは井口さんの同期の男性社員で、わたしが入社したときには総務部にいた。

「あ、君が神崎ちゃんか」

「…はい、神崎です。はじめまして…」

「井口から聞いてるよー、教育係でついてる後輩がかわいくて仕方ないって」

入社して半年後くらいに資料を届けに行ったときのこのやり取りが初めての会話で、それ以降、顔を合わせると挨拶を交わすようになった。

井口さんとはよく2人で飲みに行くらしく、何回か誘っていただいたこともある。

穏やかそうな外見からはあまり想像できないくらい誰とでも自然に距離を詰めるのが上手い人で、最初から『ちゃん』付けで呼ばれたということに少しびっくりしたものの、親しげに接してくれるのは素直に嬉しかった。
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