二重螺旋の夏の夜
ありがとう
「頑張れ!」

早見さんが急に大きな声を出してそう言ったのが聞こえた。

「は?そんな大声出さなくても聞こえてるし。ていうか頑張るし、当たり前でしょ」

「…お前、早く行かないと新幹線乗れなくなるぞ」

「あっ、やばっ!じゃあねお兄ちゃん!いろいろありがとー!」

妹さんとの会話も聞こえてくる。



「なにあいつ」

雅基は眉間にしわを寄せて早見さんの方をちらっと見た。

わたしは思い出していた。

「踏み出せないときには呼んでね。力になる」という早見さんの言葉を。

唇をぎゅっと結んでから、もう一度口を開いた。

「わたしは帰らない」

こんなに力強く、低い声が自分から出てくるなんて、知らなかった。

「だから意地になるなよ、俺には志名が必要なんだって」

そして雅基は少しイライラしたように、指に引っ掛けた車のキーをくるくると回し出した。

『直接言わずにごめんなさい。付き合うのを終わりにするために、部屋から出て行きます。今までありがとう』

わたしが送ったこのメールを見て、急いで家から車を走らせたらしい。

予定が急に変わって早く帰宅できたのも、わたしはどうせ電車で実家にでも帰るのだから最寄りのこの駅に向かっているのだろうという予測が当たったのも、雅基にとっては良くても、わたしにとっては運が悪いとしか言いようがなかった。
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