二重螺旋の夏の夜
ビール
帰宅してすぐに照明のスイッチを押す。

エアコンを入れてからようやくため息をついて見回すと、自分の部屋なのになぜか違和感があった。

「あぁ、やっと出て行ったのか」

思わず声に出して言ってしまってから、少し冷たすぎるかな、とも思った。

かばんと手に持っていたジャケットを机に置いて、どっぷりとソファに沈み込む。

今日も疲れた。

疲れているからちょっと刺々しく思ってしまった、そういうことにしておこう。

寝転んだ姿勢のままネクタイを緩めて、90度傾いた部屋の中をぼんやりと見つめていた。

男の一人暮らし――今朝までは同居人がいたわけだが――にしては、綺麗な方だと思う。

ゴミはもちろん、脱ぎ散らかした服や読みかけの本なんかも散らばってない。

本棚や机、ソファをはじめとする家具はダークブラウンで統一してあって、毎日とはいかなくても掃除はこまめにしている。

なかなか住み心地も良くて、この住まいのことは結構、いやかなり気に入っていた。

それにしても、立つ鳥跡を濁さずとはこのことか。

室内の物干し竿にはいくつものハンガーが空になってかかっているし、ラックの一画を占拠していた鏡と化粧品の類はきれいさっぱりなくなっている。

起き上がって大きなあくびをひとつすると、洗面所に向かうために立ち上がった。

そこでも、今朝まではあったはずのドライヤー、アイロン、そしてピンクの歯ブラシも消えていた。

ボタンをはずして袖をまくり、蛇口をひねる。

勢いよく出てきた水を、顔に思いっきり浴びせた。

会社から持ち帰ってきた仕事を今から片付けなくてはいけない。
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