二重螺旋の夏の夜
お願いします
運のいいことに、次のバスが来るまであと10分足らずだった。

夜のこの時間に駅に向かうバスの本数は少なく、次のを逃したらあと40分は待たなくてはならないことになっていた。

安堵のため息が漏れる。

ボストンバッグを地面に下ろして、反対の肩にかけていたトートバッグをその上に下ろした。

ベンチなんて置いてないから座ることはできないけど、荷物を置いたおかげで体が大分楽になった。

呼吸を整えてから、目の前の道路を行き交う車を見る。

ひゅん、と音を立ててわたしの前を通り過ぎていく。

みんな急いで行きたい場所があって、それはわたしも同じで、でもとても怖い。

不安で不安で仕方ない。

あの頃に戻れたら、だなんてつい考えてしまう。



『今度の土曜、会えない?』

大学を卒業し、入社してから1ヶ月後、ちょうど大型連休が明けた頃に雅基からメールが来た。

飲み会で出会ってからちょくちょくメールのやり取りはしていたが、年明けからは卒論で忙しく、その後は会社の研修で忙しく(雅基の方は卒業旅行やサークル、バイトなどの予定がぎっしりで忙しかったそうなのだが)、働き始めてからは仕事を覚えるのに忙しく、誘われたのはクリスマスイヴの一件を除けば初めてだった。

『空いています。ぜひお会いしたいです』

『よかった!じゃあ待ち合わせはまた後で連絡するから!』

そうして夜ごはんを一緒に食べに行った。

ちょっと高そうな、それでいて肩肘張らなくていいような、ゆったりと落ち着いた雰囲気のおしゃれなイタリアンレストランだった。

周りのお客さんも、みんな会話と料理を心から楽しんでいるように見える。

雅基は紺のコットンパンツに白のカジュアルシャツ、その上に紺のジャケットを羽織っていた。

大学の構内ですれ違ったのを最後に、実に3ヶ月ぶりの対面だった。

その間にきっと環境は目まぐるしく変わって、社会人の礼儀や責任を身に付けたのであろう雅基は、同い年とは思えないほど大人の男性に変化しているように見えた。
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