雨風ささやく丘で
雨風ささやく丘で
10月20日、午後4時32分。


磯崎夏希(いさき なつき)

真夏の太陽は少しづつ弱るのと共に、沈む時間も段々と早い今の時期。アパートの遠くからミーンミーンと自分の死が間近に迫っていることを唱う蝉たちの声が聞こえる。もうすぐこの都会でも夏が終わる。

私は残業では片付けられなかった書類をノートパソコンで整理していた。一体いつになれば終わるんだか。
思わず溜息が何度も溢れる。とうとう頭も首で支えるのが重たくなってきてしまった。

ちょうどその時、雨の匂いが微かに混じった冷たい風が窓から入り、体全身にふれた。

_雨風_だ。

いけない、洗濯物が外に干したままだった。
私はそれを思い出して窓から雲の様子を見たけれど雲は無く、相変わらず晴れ渡った夕方の空。おまけに淡いオレンジ色に染まった三日月も顔を出している。
さっきの雨風ならすぐ雨が降りそうな感じがした。確かに雨の匂いがした。

不思議と思いながらも作業を続けていると、ノートパソコンの画面端になんとなく宣伝のようなものが点滅しているのが見える。
目をやって見てみると宣伝ではなく、真っ黒になった四角がただただ平然とそこにいるだけだった。宣伝ではなさそうだ。ならそれがそこにある意味は…?
知らないアイコンが気になりつつもクリックをすればろくな事はないと分かっている。ならばせめて消すためにマウスを隅っこにあるはずのバツ印に合わせてみたが、バツ印すら出ない。ということは消せない。

「大した迷惑よ!もー!」
不満が積りに溢れ、思わず文句を言ってしまった。それに継ぐように溜息がもう一度出た。

もちろん大きな妨害にはならない。しかし気になってしまう。性格が許さない限り消さなければ気が済まないだろう。こんな些細なことを気にするようになったのも仕事のストレスがピークかもしれない。

バツ印がないなら電源を切れば別の宣伝が入ってしまっても、この黒い四角は消えてくれるだろう。そう願って私は一度今までの作業をセーブし、ノートパソコンの電源をいつも通りにシャットダウンさせた。

起動のスイッチを再び入れ、完全に点くまでの間私はキッチンで飲み物を取りに冷蔵庫を開ける。それと同時に冷蔵庫独特のあの臭いが鼻に着く。
相変わらず高カロリーデザートに、栄養があまりなさそうな食べ物ばかり。棚だって科学調味料たっぷりのインスタント食品がストックされている。普通に美味しい母親の手料理が酷く恋しい。

程よく冷たくなったいちごオ・レを片手にノートパソコンの前へ戻ってみると、正常に点いていた。ただ謎の黒い四角は消えていなかった。
新型のウィールスなんだろうか。特に何もしなくても滞在している間に徐々に侵入するタイプ?ウィールスについて詳しく解からないけれど独断で推測してみる。

ウィールスである可能性があるだろうとかけて、私はノートパソコン全体に最新型のウィールス対策のスキャンをかけてみた。しかし一件もヒットならず。ということはこの黒い四角はウィールスではないということになる。

私はグッと顔を画面に近づける。そしてその黒の中に私は_何か_を探してみようと思ったのだ。
何もないはずの黒い四角に目を凝らし、何かを探す。
集中しているからだろうか。外部からの雑音は一切遮断され、部屋は突然静まり返った。

ごく短いこの時を長く感じた瞬間だった。
しかし、そうすると共にジャンル分け出来ない密かな恐怖が心に迫り、息が少し苦しくなってきた。
私はそれを耐えられなくなり、黒い四角から目を逸らした。

_ノートパソコンの画面でしかないのに、暗闇をみつめていたかのように感じてしまったからだ。_


息を整え、感じたことを忘れようと頭を左右に振った。一人暮らしでこれからは夜であることも考え、妄想はなるべく控えた方が身のためだ。専門的なことが問題ならいくら素人が考えようと切りがない。

そう自分を説得させ、なるべく黒い四角を気にしないようにしながら、気の遠くなるような作業を真夜中に終わらせた。
この苦労が残業代にならないのがとても痛い。自分の出来る力以上に押し付けられる仕事量なのに支払いはなし。この会社を辞める理由が出れば速攻出るのだけれど...。

謎の四角を放置という訳には行かないため、明日の夕方仕事の帰り辺りに専門家へノートパソコンを出すことにした。
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