雨風ささやく丘で
10月21日、午前10時12分。

今日もみんなは相変わらず仕事に追われてドタバタしてる。書類をいくら処理しても処理し切れない。次から次からと新しい書類が送り込まれて、数分休んでる内にどんどん仕事が溜まっていく。そうと分かりながらも時々頭に休憩を与えないとミスもする。
職場のパソコン越しに、遠くの向こうを見ようと首を伸ばすと、声は聞こえないが部長が石園(いその)を叱っているところが見える。

石園は私の上司であり、仕事には厳重。いわゆるなんでも出来る男。しかし最近の会社はそんな彼の働きぶりなど気にせず、どんどん要求と仕事量はエスカレート。いくら全てを完璧に遣り遂げても追いついて行けない状態が今の現状。
入社した頃は色々と丁寧に教えてくれ、優しかった。しかし今ではあの頃の面影はすっきりと消えてしまっていた。
大体部長に叱られた後の石園はすごく機嫌が悪い。そして部下である私達に些細なミスをきっかけにヤツ当りをするのが普通になっている。

石園が部長室を出ていくと私は慌てて目をパソコンに戻し、作業を続けた。叱られたての石園がこっちへ向かってくるのが足音でなんとなく分かる。
また私はミスを犯してしまったのだろうか…。緊張のせいで腹痛がジワジワとし始めた。
しかし石園が足を止めたのは大島(おおしま)の机の前だった。どうやら今回は自分がヤツ当りの対象ではないらしい。
「大島これは君の仕事だったね」
「は、はい…」
これで恒例の_お説教タイム_が目の前で始まる。これを聞いていると集中が散乱し、続いて私がミスを犯すことになる。その悪循環だ。他人が放って置けない自分の性格のせい。
「言ったじゃないかこれは前に言った通りに入力するんだって」
石園は数枚の紙束を手でバシバシ叩いて、威嚇している。エアコンが効いているのにも関わらず大島の顔には冷や汗が滲み始めた。背筋はピンと張り、手は膝の上。脚もきっとビッチリ互いに堅くくっついているだろうに違いない。
「はい」
大島は固唾を飲んで返事した。
「ミスが次の仕事に影響するということをもう少し意識してくれないか?何度言えば分かるんだ君は!しかも今回は前回の倍だからな」
その一言後に大島へ向けられた石園の視線は鋭い。それと同時に声の高さも高くなっている。このまま行けば石園は爆発間近。
「…」
大島はとうとう返事すらしなくなり、俯いたまま黙り込んでしまった。自分のミスだと認識している限り、一言も言えない。
「いいか、次にこういうミスがあれば修正はもう効かない。クビだからな大島」
そう言い捨てると石園は紙束を机の上に投げ捨て、どこかへと行ってしまった。爆発しなかっただけで今回は全然マシな方だった。

机の隅から見えたその紙束には、何十箇所か黄色の蛍光ペンでマークされていた。これがミスしたところとなると、かなりのミスになる。石園がカンカンになって怒るのにも今回は無理がない。
しかしこれより些細なミスで、同じ量の叱りを喰らうのは不平等か。

大島は深く溜息をすると再びパソコンへと体を向ける。
この会社で続くのならこれぐらいの説教は耐えられるようにならないと続かない。
私はせっせと自分の作業へと集中を向けた。
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