誘惑上等!

「ばーか。勢いだけでそゆこと言うなっての」


どうにか平静を保ちたいと思うのに、「やっぱ口先だけなんだ」と呟いた理沙の目が泣きそうに潤んでいたから。衝動を溜め込んでいた理性という名のダムがとうとう決壊した。


「……あのなあ……っ!!まったく、理沙ちゃんは……」


口元を押さえながら「はあ」と深く息を吐く。


「じゃあ訊くけどさ。こんないつもいるアパートの、いつも寝ているベッドの上とか、そんなムードもへったくれもない味気ない場所で嫌じゃねぇの?」


自然と低い声で訊いていた。大悟の声がかすれていたことで、自分と大悟の間にあった空気が一変したことに理沙は気付いたようで、理沙は表情を改める。


「……わたしはべつにいい。場所なんてどこでも」


細かく震えながら、理沙は緊張で上擦った声で言った。


「大悟の気持ちは嬉しいけど。すごくすごく嬉しいけど。でも来月どうなってるかなんて、分からないんだよ?もしかしたら明日にでも別れることになるかもしれないのに。……だったらしたいときにしたいこと、ちゃんとしておけばいいと思ってる」



こんな場所でだって、わたしはかまわない。



きゅっと大悟のシャツの裾を握り締めてくる。これが彼女の精一杯だと思ったら、思い切り抱きしめていた。途端に、あともう一欠片だけ残っていた理性をとろかすような、甘い匂いがした。




「……あーあ。ここ一ヶ月の俺の我慢ってなんだったんだろ……っ」
「……ごめん……」

「けど明日には別れてるかもしれないってのはムカつくな。そんなつもりで俺と付き合ってたの?しかも理沙ちゃんは明日別れることになるかもしれないって思ってる男に簡単に処女くれてやるわけ?」

「……そうだよ。簡単にくれてやるよ」




ぎゅうといっそう強くシャツを握り締めてくるから、それが彼女の強がりな言葉なんだとわかってしまう。



「わたし。大悟が思うほど身持ちが固いわけじゃなくて、今まで彼氏が出来なくてそういうチャンスに恵まれなかっただけだし。ただのモテないだけの女だよ。なのに大悟がいい方にいい方にわたしを見ようとするから、ときどきそれしんどいよ」



わたしって大悟が思うほどいいものじゃないよ。こんな程度の女なのに、ときどき、大悟にはちゃんとわたしが見えてないんじゃないかって怖くなる、と理沙が不安そうな顔で言う。




「……じゃあさ、理沙ちゃんのことなんて幻滅させてよ。もう俺が理沙ちゃんに夢みたりしないようにさ」




俺が勝手に持ってた、ガードが固いっていう理沙ちゃんの清純系なイメージ、今すぐ粉々にしてみせろよ。




意地悪く言うと、理沙は目の淵を赤くさせて。それからしばらくすると、意を決したようにスウェットパーカーのファスナーを大悟の目の前でゆっくり下ろしていった。




< 15 / 23 >

この作品をシェア

pagetop