桜まち 


自宅マンションが近づいてきた頃になって、お腹が空いていることに気がついた。

そういえば、あんなに豪勢な料理が並んでいたというのに、アルコール以外口にしていないじゃないの。
もったいないことをしたな。
どこかで何か食べて帰ろうかな?

そんな風に考えている間に、タクシーはスムーズにマンション前に到着してしまった。

食事にありつけず……。
あうぅ。

空腹のお腹をさすりながらエレベーターに乗り込もうとフラフラしながらエントランスに入って行くと、そのエレベーターから望月さんが降りてきた。

「あ、川原さん。こんな時間まで残業?」
「いえ。今日は、会社のパーティーだったんです」

「ああ、前に言ってたやつか」
「望月さんは、こんな時間からどちらへ?」

「小腹空いて。ラーメン食いにいこうと思って」
「あ……。それ、私も一緒していいですか? パーティーで料理食べ損なっちゃって、お腹空いてるんです」

お腹に手を当てて訴えると、望月さんがおかしそうに笑った。
きっとどんなにしゃれ込んでも、普段どおり過ぎる私の雑さに笑っているんだろう。

しかたない。
それが私なのだ。

ヒールで痛む足よりも空腹に耐えられず、以前櫂君と一緒にランチで食べたラーメン屋さんに、望月さんと歩いて行った。

冬の寒さで痛みが麻痺しないかと思ったけれど、寒さは寒さで厳しいし。
ヒールの痛さは、寒さで余計に増している気がした。

一瞬、望月さんとのラーメンに乗ったことを後悔したけれど、辿り着いたラーメン屋さんのいい香りに、痛みを堪えてでも来た甲斐があったとよだれが出そうになる。


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