桜まち
汁まで完食した望月さんは、お冷を口にしたあと視線を私の手に持っていった。
「その爪。可愛いじゃん」
「あ、ありがとうございます。普段は、爪とかいじらないんですけど、今日は特別に頑張ってしまいました」
なんか、照れくさいですよ。
けど、気づいてもらえて嬉しい。
望月さんは、私の爪を少しの間眺めてから、遠い目をして話し出した。
「俺さ。大学時代、ずっと付き合ってた彼女がいて。その子も、普段はそういうのに頓着しない子でさ。けど、ある日、突然頑張っておしゃれしてきた時があって。そういうのって、いい意味でちょっとドキッとするよな」
昔を思い出したのか、懐かしむような愛しい笑顔をしてみせる。
そんな風に彼女のことを話す望月さんの話を聞いても、私に嫉妬のようなものは少しも浮ばなくて。
寧ろ、懐かしむその顔も素敵だな、なんて思うのでした。
それにしても――――。
「その彼女さんとは、今でも……?」
嫉妬はしないけれど、気になって思わず訊いてしまう。
だって、考えてみればこんな素敵な人に、恋人が居ないなんておかしいよね。
もしかしたら、その彼女と今も付き合っているかもしれないし。
すると、望月さんはゆっくりと首を横に振った。
「卒業と同時に別れたんだ」
そう話す瞳が切なそうだったから、彼女が居ないということにほっとするよりも。
もしかしたら望月さんは、まだその彼女のことを想っているのかもしれないって考えることの方が先に来た。
忘れられない、……人なんだろうか。
どんな人なんだろう。
望月さんと付き合うくらいの人だから、きっととても素敵な人だったんだろうな。
「ごめんなさい。余計なことを訊いてしまって……」
「いや。昔のことだから」
そんな風に言いながらも、なんとなくだけれど。
望月さんは、今もその人のことが気になっているんじゃないかなって思った。
だって、そのあとから少しの間、望月さんは無口になってしまったから。
その無口さは、話すことがないからしゃべらないんじゃなくて。
その彼女のことを思い出しているから、何も話し出さないんだろうなっていう雰囲気だった。
そんな望月さんの隣に座る私は、その思い出に進入することなんかできなくて、ただ黙って隣にいるだけ。
それがちょっぴり切なくて、心がきゅっと苦しくなったんだ。