桜まち 


私がくだらない思考を脳内で力いっぱい繰り広げていると、何やら物音が聞こえてきた。

おっ!
この音は。

私は咄嗟に櫂君へ向かって、しっ、と口元に人差し指を立てる。

「もしかして、帰ってきた?」

呟きを漏らしたあとは瞬時に立ち上がり、隣に面している壁に耳を押し当てる。

「菜穂子さん、それ駄目ですって」

聞き耳を立てる私は、あえなく櫂君に止められ壁から引き剥がされてしまった。
仕方ないので、靴を引っ掛けて、そおっと玄関ドアを開けて隣の様子を伺ってみる。
さっきは暗かった、渡り廊下に面している窓ガラスが明るい。

やっぱり帰ってる。
今何時だ?

腕時計を確認すると、既に二一時だった。

「帰りはいつもこんなに遅いのかなぁ?」

部屋に戻りながら呟くと、櫂君が帰り支度をしていた。

「あれ? 帰っちゃうの?」
「これ以上、共犯めいたことには付き合えません」

素気無く言って、玄関へと向かう。

「つれないなぁ」
「ていうか、菜穂子さん。本当に、やめてくださいよ。好きなら正々堂々とした態度に出てください」

「ストーカーって思われてるのに、今更正々堂々としたって、無理だと思わない?」
「だったら、きっぱり諦めるとか」

「無理」

決着のつかない押し問答に、櫂君が折れる。

「とにかく、僕は帰りますけど。くれぐれも、変な行動は起こさないように」
「はーい」

「返事は、はいっ」
「はいっ」

「よろしい」
「じゃあ、お疲れ様でした」

「ばいばーい」

玄関先で櫂君を見送る。

そういえば、また櫂君の好きな人を聞き忘れちゃったな。
どんな子が好きなんだろう?
櫂君のことだから、きっと可愛らしい子が好きなんだろうなぁ。

背は少し低めで、口や鼻のパーツは小ぶりで、フリルとかが似合いそうで。
目と胸だけはやたら大きくて。
きゃはっ。とか笑いそうな感じで。
うるうるの瞳で、櫂くぅん。なんていって甘えちゃうんだろうなぁ。

勝手に想像していったら、アニメキャラのような人物像が出来上がってしまった。

まさか、二次元じゃないよね?
人妻とどっちがましだ?


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