桜まち 
警戒





  ―――― 警戒 ――――




櫂君に何度も忠告された私は、なるべくお隣の動向は気にしないように努めた。

外で僅かな物音がしても、サッと時計で時間を確認するくらい。
櫂君が来たときのように、わざわざそおっと外の様子を伺ったりはしていない。

洗濯物を干すふりをしてベランダに出ても、隣のベランダを覗き込んだりもしていない。
覗こうと思っても、柱というか壁が邪魔して見えやしないのだけれど。

外のゴミ袋だってあさっていないし、ポストだって横目でチラ見するくらいだ。
壁にだって、時々しか耳を当てたりしていない。

大体、引っ越してきて以来、彼とは一度も逢っていない。
あれだけ電車でも逢っていたというのに、今じゃあ駅で見掛けもしないのだ。

どうしてだろう?

「完璧に避けられてますよ、それ」

書類をとんとんと整えながら、櫂君が冷静に言った。

「えっ!? そうなの?」
「警戒されてるんじゃないんですか?」

整えた書類を綺麗にファイリングしているさまは、どう見ても仕事とは無関係の無駄話をしているようには見えないだろう。
おかげで部長からのお小言もない。

「やっぱり、ストーカー認定なのかなぁ?」

私がしょんぼりしていると、櫂君が元気付けようとしてくれる。

「ストーカーなんて思われているような相手の事は、すっかりさっぱり忘れてしまいましょうよ。今日、僕が夜ご飯おごりますから、元気出してください。で、新しい恋でもしましょうよ」

櫂君は、何故だかやたらとご機嫌な笑顔を向けてくる。

あれの日が終わったのかな?

ってだから男の子だって。


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