この冬が終わる頃に

甲斐田真咲


 翌朝、少し早目に出社すると、デスクの上は綺麗に片付いていた。
 昨夜の雪は積もることなく、朝の街はすでに平常を取り戻し、せわしなく人々が行き交っていた。
 何事もなかったかのように、だ。

「おはようございます、桐島さん、身体大丈夫ですか?」

 あくびをしながら、岡田がデスクに鞄を置く。

「おはよう。寝たらすっきり回復。」
「うわー、体力すげぇー。」

 それはお互い様だ。
 私は苦笑しながら、いつものようにパソコンに電源を入れる。

「甲斐田に任せられてた例のバレンタインの奴、原案、クライアントに通ったんで、甲斐田にはそのまま作業やらせてます。で、その原案をもとに俺んとこで、パンフレットの作成、あと井村んとこで会場の図面作製に取り掛かってます。んで、鈴木んとこで立体形の図案と材料の見積もり取らせてるんで、まぁ、おおもとの甲斐田のデザインをクライアントがひっくり返すなんて言う無茶ぶりをしない限り、予定通り進むと思います。」

 すらすらと読み上げられていくかの様な報告に、私は感心する。
 全てにおいて、異論はない。これから、全てを指示しようとしていた私は、どこかすっと気持ちが楽になった。
 それと同時に、どこか少し、寂しい。私が全てをしなくても、仕事は回るのだ。

 それから数日、これと言った問題もなく、仕事は順調に進んでいった。
 甲斐田は、隙を見つけては私にコーヒーを注ぎながら、デザインの報告にやってくる。
 目をキラキラさせて、これでもかという程、楽しそうだった。
 自分が作ったデザインをもとに、それがポスターやチラシ、ディスプレイになっていく。その瞬間は、何度経験しても気持ちがいいものだ。

 作業は大詰めを迎えた。費用の見積もりも整い、ポスターなどの試作モデルも報告に上がり始めた。
 今回は、手直しに余裕をもって臨めそうだ。
 そう、思っていた。しかし、それは一本の電話で砕け散った。

「どういうことですか?」

 外線と書かれたボタンが、チカチカと点滅する。電話先は例のバレンタインのクライアント。広報担当と名乗る電話先は、淡々とデザインの変更を要求してきた。

「分かりました。すみません、検討させていただいて、折り返し、担当のものに連絡させますので、はい。」

 私が受話器を置いた音に、岡田が駆け寄ってきた。

「桐島さん?」

 血の気が引いていくのが分かる。
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