この冬が終わる頃に

 諦めがついた。
 別に、最初から何かに執着しているわけではなかったのかもしれない。
 甲斐田のように才能があれば、もっとこの仕事を極められたかも知れない。
 しかし、甲斐田の未来を羨ましいと思ったことはあるが、彼の才能自体を妬んだことはない。
 あるいは、このままチーフオフィサーを続けて、キャリアを積むことも出来たのだろうか。かといって、仕事を辞めて家庭に入る気もなかった。
 ただただ頑なに我武者羅にやってきただけだので、やはり、諦めがついたのだろう。

「先輩、凄いですよ!」

 出来上がったバレンタインデーの会場で、甲斐田ははしゃいでいた。
 甲斐田のデザインしたハート型をしたレモンのデザインが、そこらじゅうに散らばっている。会場の入り口から、ずどんと奥まで均等に並んで、空中にはそのハート形のレモンの風船が、ふわふと漂っていた。

 バレンタインデーの一か月前から配られた告知のビラが好評で、「ハート形レモン」の形をしたチョコレートまで作られ、一時の騒動が嘘のように、甲斐田のデザインは評価された。
 やはり、甲斐田だ。私の可愛い後輩だ。
 自分のデザインした風船を貰い甲斐田は、嬉しそうに私に駆け寄ってきた。
 その風船、持ったまま電車に乗る気なのだろうか。少々、年齢と自分の格好を気にしてほしい。

「やっぱり、甲斐田くんは凄い。」
「先輩?」
「でも、もしも独立した時の話、私はついていけなわね。」

 甲斐田は一瞬だけ、表情を固め、しかし、すぐにいつも通りに笑った。
 おそらく、私が首を縦に振らないことを、彼は知っていたのだろう。
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