彼が不機嫌な理由を知っとうと?
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女が変わるには三ヶ月あれば充分だ。
高校を卒業し、大学デビュー的なものを済ませた私は、そう考える。
上品にカールした睫毛が縁取る黒目がちな瞳。
ほんのりチークと、ぽてりとしたピンクグロス。
キャラメルブラウンのゆる巻きロング。
ふんわりシフォンのチュニックに合わせたレースのホットパンツ。
カテゴリが綺麗目イマドキ女子な私だけれど、ここにシフトチェンジするのに三ヶ月かかった。
時間とお金さえあれば、見た目なんていくらでも変更可能。
そう、その二つさえあれば、陸上に青春を捧げていた、ド田舎の垢抜けない女子高生の名残なぞ、消し去ってしまえるのだ。
昔の私を知らない人たちは、私の過去をどれだけ浚ってもお洒落に敏感なリア充しかいないと思うことだろう。
まさか、ハードルを跳ぶことしか知らない、まともなデートなど一回もしたことがない非リア子だなんて、想像だにしないだろう。
しかしそれでいいのだ、だって私はその為に生まれ変わったのだから。
死に物狂いの三ヶ月。
私は今、その成果を発揮しようと思う。
「なー、まじでやると?」
「まじっス。やるっス。当たり前やろうもん」
憧れに憧れを重ねた、トウキョウの大学に入学して早三ヶ月。
私はとうとう、この日を迎えた。
「ねえねえ、タケル。どっこもおかしくない?」
「おかしいのは三ヶ月前からやろうもん。なんやん、その厚化粧。サクラらしくないっちゃん」
私の横で気だるそうに大きな欠伸をしたのは、高校のクラスメイト兼、陸上部マネージャーだったタケルだ。
同じ大学に入学したタケルは、数少ない同郷仲間ってやつだ。
結構仲が良くて、上京する時もタケルと一緒だった。
そんなタケルは、私のこの三ヶ月の努力をいつも否定する。
「最近かわいいねっちよく言われるっちゃけど! どこ見とん、あんた」
「高校のときのがマシ。今のサクラは正直、ないわー」
「はぁ? ありえんし!」
バイト先のコンビニでも、「可愛い子が入ったね」って言われてちやほやされている私に、なんて暴言を吐くんだ、この男は。
まあでも、タケルが私のこと褒めることなんてない。
唯一褒めてもらったのが、確か、陸上の大会の時。
『サクラのフォーム、すっげキレイやったぞ。誰よりもキレイやったぞ』
ていう言葉だけだ。
あれ? 何でこんなこと言われたんだっけ。覚えてないなあ。
まあ、そういうことなので、褒められたのは容姿ではない。多分、タケルは私の外見は好みじゃないんだろう。
「まあ、タケルの好みなんかどうでもいいっちゃもん。ダイスケ先輩に可愛いって言ってもらえたらそれだけで満足やけん」
「へー」
「というわけで、ほれ。嗅いでみ? 今の私にぴったり似合うやろ?」
ほれほれ、と自分の体を扇ぐ。
ふわりと甘い香りが鼻腔を擽って、思わず自分でうっとりした。
今日の私は、特別な香水をつけていた。ヴァニラムスクの、私にしては背伸びしまくりの大人っぽい香り。
この香りを纏えるようになりたい。その努力の数ヶ月だったのだ。
「あんまし好かん」
しかしタケルは鼻の辺りをごしごしと乱暴にこするのだった。そうしてぷいと横を向く。
「くさいだけやもん。好かん、そんな匂い」
「ふん、もういいわ!」
今日のタケルはなんだかとても機嫌が悪い。
まあ、悪いと言ってもここ数ヶ月機嫌のいいところを見た覚えがないのだけど。
意外だけど、ホームシックだろうか。福岡が恋しいとか?
お母さんから送られてきたインスタントのとんこつラーメン、分けてあげようかな。
横を向いたままの、タケルの女の子みたいに整った綺麗な顔を見ながら思った。
高校を卒業し、大学デビュー的なものを済ませた私は、そう考える。
上品にカールした睫毛が縁取る黒目がちな瞳。
ほんのりチークと、ぽてりとしたピンクグロス。
キャラメルブラウンのゆる巻きロング。
ふんわりシフォンのチュニックに合わせたレースのホットパンツ。
カテゴリが綺麗目イマドキ女子な私だけれど、ここにシフトチェンジするのに三ヶ月かかった。
時間とお金さえあれば、見た目なんていくらでも変更可能。
そう、その二つさえあれば、陸上に青春を捧げていた、ド田舎の垢抜けない女子高生の名残なぞ、消し去ってしまえるのだ。
昔の私を知らない人たちは、私の過去をどれだけ浚ってもお洒落に敏感なリア充しかいないと思うことだろう。
まさか、ハードルを跳ぶことしか知らない、まともなデートなど一回もしたことがない非リア子だなんて、想像だにしないだろう。
しかしそれでいいのだ、だって私はその為に生まれ変わったのだから。
死に物狂いの三ヶ月。
私は今、その成果を発揮しようと思う。
「なー、まじでやると?」
「まじっス。やるっス。当たり前やろうもん」
憧れに憧れを重ねた、トウキョウの大学に入学して早三ヶ月。
私はとうとう、この日を迎えた。
「ねえねえ、タケル。どっこもおかしくない?」
「おかしいのは三ヶ月前からやろうもん。なんやん、その厚化粧。サクラらしくないっちゃん」
私の横で気だるそうに大きな欠伸をしたのは、高校のクラスメイト兼、陸上部マネージャーだったタケルだ。
同じ大学に入学したタケルは、数少ない同郷仲間ってやつだ。
結構仲が良くて、上京する時もタケルと一緒だった。
そんなタケルは、私のこの三ヶ月の努力をいつも否定する。
「最近かわいいねっちよく言われるっちゃけど! どこ見とん、あんた」
「高校のときのがマシ。今のサクラは正直、ないわー」
「はぁ? ありえんし!」
バイト先のコンビニでも、「可愛い子が入ったね」って言われてちやほやされている私に、なんて暴言を吐くんだ、この男は。
まあでも、タケルが私のこと褒めることなんてない。
唯一褒めてもらったのが、確か、陸上の大会の時。
『サクラのフォーム、すっげキレイやったぞ。誰よりもキレイやったぞ』
ていう言葉だけだ。
あれ? 何でこんなこと言われたんだっけ。覚えてないなあ。
まあ、そういうことなので、褒められたのは容姿ではない。多分、タケルは私の外見は好みじゃないんだろう。
「まあ、タケルの好みなんかどうでもいいっちゃもん。ダイスケ先輩に可愛いって言ってもらえたらそれだけで満足やけん」
「へー」
「というわけで、ほれ。嗅いでみ? 今の私にぴったり似合うやろ?」
ほれほれ、と自分の体を扇ぐ。
ふわりと甘い香りが鼻腔を擽って、思わず自分でうっとりした。
今日の私は、特別な香水をつけていた。ヴァニラムスクの、私にしては背伸びしまくりの大人っぽい香り。
この香りを纏えるようになりたい。その努力の数ヶ月だったのだ。
「あんまし好かん」
しかしタケルは鼻の辺りをごしごしと乱暴にこするのだった。そうしてぷいと横を向く。
「くさいだけやもん。好かん、そんな匂い」
「ふん、もういいわ!」
今日のタケルはなんだかとても機嫌が悪い。
まあ、悪いと言ってもここ数ヶ月機嫌のいいところを見た覚えがないのだけど。
意外だけど、ホームシックだろうか。福岡が恋しいとか?
お母さんから送られてきたインスタントのとんこつラーメン、分けてあげようかな。
横を向いたままの、タケルの女の子みたいに整った綺麗な顔を見ながら思った。
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