恋のはじまりは曖昧で

頼むから我がままなことは言わないでほしい。
どうするべきかと頭を悩ませていたら、虎太郎が『いやだいやだ』とギュッと私の首に腕を回して締めつけてきた。
わざとじゃないのは分かるけど、苦しくて息が止まりそうになる。

「コ、コタ、お願いだからちょっと腕を離そうか?首が、苦しいんだけど」

「やだ。こーちゃんといっしょにたべるんだもん」

ジタバタと私の背中で暴れだして、全く聞く耳を持とうとしない。
もう、我慢ならないとばかりに怒鳴りかけた時。

「高瀬さん、もし君が迷惑でないなら行かせてもらおうかな」

「え?」

田中主任の言葉に私の首を締めつけていた虎太郎の腕が一気に緩んだ。

「こーちゃんきてくれるの?うん、いいよ。ね、さあやちゃん!」

嬉しそうに答えた虎太郎は、ズルズルと私の背中から降りて田中主任のそばに駆け寄った。
虎太郎の重さと息苦しさから解放された私は、首元に手を添えて何度か深呼吸した。

虎太郎はどうしてこんなに懐いてんの?
まだ田中主任に会って五分ぐらいなのに不思議で仕方ない。

確かに虎太郎は人見知りとかする子じゃないのはお姉ちゃんから聞いてた。
虎太郎の順応力の高さには目を見張る。
子供って無邪気で羨ましいというか、恐ろしい。
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