恋のはじまりは曖昧で
総務のフロアは営業と比べて静かな感じがする。
営業は社員の出入りが頻繁にあり、賑やかな印象だ。
他の部署のフロアに足を踏み入れるのは何度経験しても場違い感がして緊張する。
「お疲れさまです、営業の高瀬です。請求書の発送をお願いしたいんですけど」
「お疲れさま。あら、風邪?」
声をかけてくれたのは花山主任。
飲もうとしていたのか、手に持っていたマグカップを机に置くと席を立ち、私の方に近づいてきた。
花山主任は原田部長の奥さんだ。
仕事の時は旧姓を名乗っているという話を耳にしていた。
色白の美人な人で、頼りになるお姉さんという雰囲気がする。
原田部長と美男美女のお似合いの夫婦だ。
「はい。もう、ほとんど治っているんですけど念のためにマスクをしているんです」
「そうなのね。夏風邪は長引くっていうから気を付けないとね」
「はい」
「で、それを出せばいいのね」
「そうです。お願いします」
束になっている封筒を差し出すと、花山主任は微笑んで受け取った。
「了解。風邪、お大事にね」
「はい、ありがとうございます」
軽く頭を下げて、総務のフロアを出た。
結局、この日は田中主任の帰社予定時刻が大幅に遅れたので、お礼を言うことが出来なかった。