恋のはじまりは曖昧で

「高瀬さんも今から温泉入るの?」

もしかして、その声の主は……と思いながら振り返ると案の定、田中主任で他に佐藤さんと金沢さんもいた。

「は、はい。田中主任たちもですか?」

「そうなんだ。サウナもあるし、のんびりするかって話になって」

いつもはスーツなので、こんなラフなデニム姿の主任たちを目の前にすると見慣れなくてドキドキする。
いや、行きのバスでも見てはいたんだけど、みんなプライベート感が出ていてなぜか緊張する。

「あっ、高瀬さん。ちょっと……」

田中主任はおもむろに自分が着ていた黒のカーディガンを脱いで私の肩にかけた。

えっ?
一体、どういうことだろう?
不思議に思い、理由を聞こうとしたら。

「あの……」

「そのまま着といて。その、背中が透けてるから」

私の耳元で囁いた。
その言葉にハッとして自分の身体を見下ろした。

今日の服装は襟ぐりにビジューをあしらった黄色い半袖のニットカーディガンにオフホワイトのブラウスを着ていた。
黒のギンガムチェックのパンツにペタンコ靴。

でも、卓球をしていて暑くなり、途中からカーディガンは脱いでいた。
そして、さっき荷物を取りに行った時にそのカーディガンは部屋に置いてきた。
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