センセイの好きなもの

♢母の最期

両親が離婚してから一度も連絡がなかった母と再会したのは、大学に入って初めての正月も大分過ぎた頃だった。

仕事中であろう親父から、すぐに帰ってくるようにと連絡が入っていて、俺は当時アルバイトしていたコンビニの勤務を終えて急いで店を飛び出ると、駐車場に親父の車が停まっていた。

普段は滅多に煙草を吸わない親父が、車に寄りかかって煙草を吸っていた。


何事なのかと聞いても親父は何も答えない。
連れて行かれた先は大学病院だった。
誰かのお見舞いなのかと考えながら病室の前についたとき、俺は自分の目を疑った。


丸山喜美子 殿


ネームプレートに記された名前は紛れもなく母の名だった。
離婚しても旧姓に戻さなかったのか…。


病室に入ると、母はベッドに横たわっていた。
点滴を受けながらぐっすり眠っている。
母は昔よりも随分と痩せていて、面影を感じられなかった。
こんなに小さい人だっただろうか…。記憶を手繰り寄せようとしても、今この瞬間の母の姿が衝撃すぎて頭が機能しない。
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