素顔のキスは残業後に
一度触れると離れがたい唇は角度を変えて、その深みを増していく。

その低くて優しい声が好き。

言葉ではなく彼の首の裏に両手を回すと、付き合って2周年目の記念日はいつもと同じ流れで始まった。


ふたりが付き合ったきっかけは社内恋愛。

村瀬 雅人(ムラセ マサト)は、私と同じ大手食品メーカー総務部で働く3つ上の先輩だ。
性格が穏やかな彼とは喧嘩をしたこともないし、女の影を感じて不安になったこともない。

そう。いつだって雅人は、欲しい言葉を欲しいタイミングでくれるから――。

いつか見たテレビ番組で20代女子に人気のある俳優が得意げに語っていた。

『愛の言葉なんて何度も重ねたら安っぽいし。価値がなくなるもんですよ』

そんなの、言葉が少ない男の言い訳にすぎない。
本当は、恥ずかしいとか、面倒くさいとか、ついつい忘れてとか、そんなちっぽけな理由なのに。

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