シンデレラは夜も眠れず
『あいつには家を出ることを言ったのか?あいつのところに引っ越した訳じゃないんだろ?』 
 兄の言う『あいつ』は健留さんの事だろう。
 だが、兄には健留さんとの関係を知られたくない。
「何の事を言ってるのかわからないわ」
私は努めて平静を装う。
『とぼけるなよ。俺が出張で不在の時はいつも健留のところに泊まっていたのは知ってる。それに、健留からお前の話は聞いているよ』
 兄にバレていたとは知らなかった。兄は何も言わなかったし……。
 思わず絶句する。
 健留さんが兄に何を話したのだろう。
 仕事の事しか思いつかない。
 そんな私の思考を読んだのか、兄は数秒の沈黙を破って真っ先に否定する。
『仕事の話じゃない。綾乃はもっと自分に自信を持つべきだ。健留はお前の事をとても大事に想ってるよ』
せっかく気持ちの整理をつけようとしているのに、期待させるような事言わないで。
大事って……恋人としてではない。
「確かに妹のように会社でも気にかけてもらってるわ。私の事は心配しないで。春香と新しい生活を楽しんで」
 いい加減この会話を終わらせたい。
『どこにいるかは知らないが、健留はお前を見つけるぞ。携帯の番号を変えてあいつとの繋がりを切った気でいるかもしれないが、あいつから逃げても無駄だ』
「……お説教はもうたくさん。携帯の充電がなくなりそうだから切るわね!」
 兄の言葉が耳に痛くて、一方的にスマホの電源を切った。こういう時、スマホは便利だ。
 これでもうかかってこない。
 もし兄と直接話していたら、私はキレて妊娠の事をばらしてしまったかもしれない。
 お願いだから、これ以上私が動揺するような事を言わないで欲しい。
 健留さんが私を見つける?
 そんなはずない。
 極秘の仕事だって終わった。
 彼が会社を辞めた私をわざわざ追って来るはずがない。理由がない。
 私はもう親友の妹でしかないのだから。
 悲しいけど彼にとってその程度の存在。 
 私には彼が必要でも、彼には私が必要じゃない。
 それは自分がよくわかってる。
 でも、今は強くなるために時間が欲しいの。
 お腹の子を守るために。
 だから兄さん、そっとしておいて……。
 
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