「お前、計画的だったろう?」
 恭介がウィスキーが入ったグラスを傾けながらポツリと呟く。
 式を挙げた夜、俺と恭介と司の3人はホテルのバーで飲んでいた。
 綾乃は友人2人とパジャマパーティーをしている。
 つい最近恭介たちの式で再会したばかりとはいえつもる話もあるのだろう。彼女たちとは高校時代からの付き合いで寮も同じだったようだ。
 体調にも気をつけて日付が変わるまでには部屋に戻るようにと約束させ、綾乃をホテルの友人の部屋まで送る。
「建留さんありがとう」
 綾乃が満面の笑みをみせる。
「九条さん、ご苦労さま。無理はさせないから安心して」
 俺の過保護ぶりに友人の美樹さんは苦笑していたが、綾乃を見守るその目はとても温かい。
 綾乃を見送ったその足でホテルのバーに行くと、すでによく知ってる先客が2名いた。
「何が?」 
 何の話かはわかったが、わざわざ説明する気にはなれない。
「とぼけるなよ。授かり婚の話だ」
「お前の?」
「はぐらかすなよ。お前が俺に婚姻届の署名を頼んだ時期と綾乃の……時期がピッタリ一致するんだよな」
「綾乃の……時期って?」
「……建留、実の兄にそれを言わせるのは酷じゃないかな?故意にゴムしなかったんだろうって花嫁の兄は言いたいんだよ」
 司がご丁寧に通訳すると、今日が初対面にも関わらず恭介は司の頭をバシッと叩いた。
「痛い!暴力反対!」
「建留の従弟だか知らないが五月蠅いぞ」
「これから親戚になるんだから仲良くしましょうよ」
 司がいるせいで話が脱線していくが、2人はなかなか息が合ってる。
 そんな様子を横目に眺めながら、グラスに入ったブランデーをゆっくり口に運ぶ。
 あれは中学生の頃だろうか。
 親友に突然小学生の妹が出来た。
 愛人の子だった。
 だが、親友の有栖川恭介は、その妹をとても溺愛していた。
 恭介は頭が良く、人望も厚くて、正義感も強かった。
 愛人の子供が施設に預けられると知った時、母親を説得して父親に認知させたのは恭介らしい。
 本妻である母親はさすがに1つ屋根の下で暮らすのは反対したそうだが、離れに住むことは渋々認めた。
 人事とは思えなかったのだろう。
 子供は親を選べない。
 もしかしたら自分が愛人の子だったかもしれない。
こいつはそう考えたのだろう。
 恭介は端から見ていても過保護なくらい妹の世話をした。
 それに恭介の妹はこちらの庇護欲をかき立てるような少女だった。 
 恭介同様頭もよく、礼儀正しく人に接する。
 我が儘は一切言わない。
 甘える事を知らない子だった。
 恭介のところに遊びに行って食事をする時は、いつも彼女が一緒だった。
 会うといつも笑顔を見せてくれた。
 だが、有栖川の家は彼女にとっては居心地が悪かったのだろう。
 彼女は高校から寄宿舎のある学校に奨学金をもらって通っていたらしい。
 彼女と再会するまで俺は彼女の事をすっかり忘れていた。
 ある日、海外出張中の恭介から突然電話があった。
『明日、綾乃の卒業式なんだけど、俺いま海外にいて明日までに戻れないんだ。建留が俺の代わりに出席してくれないか?』
 恭介の両親は他界していたし、彼の他に家族はいない。
「わかった」
 俺は渋々了承した。
 自分が出席するのもどうかと思ったが、スケジュールを調整させて式に出席すると彼女はとても驚いていた。
 だが、俺の方も彼女の成長した姿に驚いていた。
 さなぎが蝶になる瞬間を見たようだった。
 長くて綺麗な黒髪を結い上げ、袴を着た姿は凛としていてとても綺麗だった。
 ここが女子大でなければ彼女は多くの男性の視線を集めただろう。
 周囲にそんな男がいないことになぜかホッとする。
 もう綾乃ちゃんとは呼べなかった。
 式の後すぐに仕事に戻るはずだったが、予定を変えて綾乃を九条が出資している久米島のホテルへ連れて行った。
 いや……連れ去ったのだ。彼女と離れたくなかった。
 綾乃との時間は楽しかった。
 恭介という共通の話題があって、悪友の学生時代の話をすると彼女はとても喜んだ。
 彼女といるととても心が休まる。この時間が永遠に続けばいい。
 自分から初めて女を欲しいと思った。
 恭介は俺が綾乃にはまるのがわかっていたのだろう。
 こいつは俺の行動を予測してホテルに電話をかけてきた。
 海外にいるというのは真っ赤な嘘で、綾乃と俺をくっつけようと画策していたらしい。
『俺の大事な妹だ。手を出すなら責任とれよ』
このお節介シスコンめ。俺は心の中で毒づく。
 電話の向こうでまんまと俺の策にはまったとほくそ笑んでる恭介の姿が思い浮かばれる。
 彼女が自分に憧れている事はわかっていたが、今ここで彼女を奪う事はしなかった。
 恭介に全てお膳立てされてるようで嫌だった。
 幸いホテルのスイートルームには3つベッドルームがあったから、夜は別々の部屋で寝た。
 旅行の間、終始理性的だった自分を誉めたいぐらいだった。
 綾乃は少し悲しそうな顔をしていたが彼女とは笑顔で別れ、また仕事に没頭する。
 
 


 
 

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