幸せの花が咲く町で




(ごめんな、母さん……)



この二日間、花に水をやることは誰も気付かなかったようだ。
無理もない。
僕が水をまくのは、なっちゃんや小太郎が出て行った後だから。
幸い、枯れたものはなかったものの、長い間は寝込めないと思った。



いつも午前中にやってる家事をすべて済ませると、やっぱり少しだけ疲れた感じはあったものの、気持ちの良い疲労感だった。
柱の時計は、昼ごはんの時間を指していたけれど、今日はいつもより遅くに食べたせいか、まだそれほどお腹はすかなかった。
僕は、つい、ふらっと仏間に向かった。



「母さん……昨夜、なっちゃんがね……
焦らなくて良いって言ってくれたんだ。」



仏壇の前に座り、僕は母さんに話しかけた。



「まだ、僕の傷は治っていない。
そのことにはちょっとがっかりしたけどね。
でも……なっちゃんがいてくれたら、きっといつかは治るよね。
昨日、僕、そう思ったんだ……」



『夏美だけじゃないよ。
私やお父さんもいる。
私達はいつでもあんたの傍にいるんだから、だから、何も心配ないよ。』



話し掛けながら写真を見てると、母さんがそんな風に言ってるように思えて、また涙がこぼれた。



「……恥ずかしいな。
なんで、こんなことで涙が出るんだろうね。
本当に困ったもんだよ。」



僕は、涙を拭い、部屋を出た。
そのままそこにいたら、もっと泣いてしまいそうだったから。



泣きたくはないのに……
なんで、こんなことで泣いてしまうかもわからないくらいなのに……
それでも、自分の感情が止められない。
それが悔しかった。



(だめじゃないか。
焦らない、焦らない……)



リビングのソファーに腰かけると、ふと、花瓶の花に目が留まった。
不思議と、その花は僕を見守ってるように思えた。



どの花も僕の方を向いて……



(あぁ…そういうことか……)



それはきっと篠宮さんが活けた花だ。
なっちゃんが活けたものなら、一目でわかるから。
僕も最近ではけっこう綺麗に活けられるようになったつもりではあったけど、さすがに花屋さんで働いてる篠宮さんはもっとうまい。
バランスももちろんのこと、活け方ひとつで、これほど花の表情が変わるなんて、今まで少しも気が付かなかった。
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