幸せの花が咲く町で




「パパーー!」



バス停が見えて来た頃、ちょうどバスが向こう側から走って来て、ゆっくりとそこに停まった。



「おかえり!」

小太郎はいつも最初に降りてくる。
周りの人達に適当に挨拶をして、僕は小太郎の手を引き、直ぐにその場を離れた。



「あ、パパ…あれ!」

小太郎が指さしたのは、花屋の軒先に並んだ紫陽花だった。
ピンクやブルー、紫色の紫陽花に混じって白いものもあった。



「ちょっと寄って行こうか。」

「うん。」


通りを横切り、向かい側の花屋に向かった。



「小太郎、どの色が良いと思う?」

「う~ん……」

小太郎は、紫陽花の前にしゃがんで考え込む。



「ママはきっとピンクが好きだと思うけど…僕は白かな?」

「そうか、じゃあ、ピンクと白を買おう。」



ついでに部屋に飾る花も買って、僕らは家路に着いた。



小太郎が何色を選んでも、僕は白を買うことを決めていた。
だから、小太郎が白を選んでくれた時には内心どきっとして、そして…少し嬉しかった。



「それでね、翔くんが今日お遊戯の時にね……」

小太郎は、幼稚園での他愛ない話をいつも聞かせてくれる。



ほんの数年前の僕は、まさかこんな暮らしをしてるなんて、全く想像もしていなかった。
いや、将来のことを考えることすらなくて、僕は遊ぶことも恋をすることもなく、ただただ仕事に打ち込んで……
そんな毎日が辛いどころか、楽しくて仕方なかった。
毎日が充実してると思い込んでいた。



(でも……本当にそうだったんだろうか……?)



もっとゆとりのある生活をしていたら……
もっと、父さんや母さんに親孝行をしていたら……
今、これほどの後悔はなかったかもしれない。



「パパ!!」

「え…?」

小太郎にひっぱられて僕は我に返った。



「紫陽花が折れちゃうよ!」

「あ、ごめんごめん。」

真っ直ぐに持っていたはずの紫陽花が、いつの間にか傾いていた。
小太郎は子供のくせにけっこう細かいことに気がまわる。



僕も今年で三十二だ。
このくらいの子供がいてもおかしくないのに、恋愛や結婚というものを今まで意識したことはなかった。
今まで付き合った女性とも、まだ若かったせいか結婚までは意識しなかった。
かといって、これから良い恋愛をしようという気持ちもない。
僕には、もう大切な家族がいるし、このまま三人でずっと穏やかに暮らしていければそれだけで満足だ。
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