幸せの花が咲く町で
花屋での仕事は順調だった。
お店のスタッフさんも良い人ばかりだったし、いやな想いをすることは少しもなかった。
仕事に不慣れな私に、誰も怒ることもなく丁寧に教えてくれた。

同じ接客業でも、居酒屋やコンビニとはやはりどこか違った。
花を買っていく人達は、幸せな人……もしくは幸せを求めてる人のような気がした。
月に一度、仏様のお花を買いに来るおばあちゃん、季節の花が入荷する毎にそれを買って行かれる中年の女性、可愛いわんちゃんを連れてお店に来られる若い女性……
そういう常連さんと他愛ないおしゃべりを交わすことが、私の楽しみのひとつとなっていた。



会社の中に閉じこもって、ずっとパソコンと向き合ってることに比べたら、花屋の仕事はとても楽しい。
お給料は少しだけ減ったけど、通勤時間も自転車で10分もかからない。
お金はとても大切なものだと思うけど、私は、花屋で働くようになってから、お金以上のものを受け取ってるような気がしていた。



しばらくして、ようやく母の借金を返し終えた私は、コンビニのバイトをやめた。
続けても良かったのだけど、これからは、少しでも母の手伝いをしようと思った。
それは、母への小さな罪滅ぼしのような気持ちだったのかもしれない。



「母さん、これからは私は買い物してくるよ。
近くに安いスーパーがあるから。」

「そうかい、それは助かるね。
じゃあ、頼んだよ。」

母の笑顔に、心がほぐれた。



智君のことも、少しずつ自分の中で整理がついていた。
それは、「忘れる」ということではなく、馬鹿な自分を受け入れられたということだったり、過ぎたことはもうどうにもならないという気持ちだったりなのだけど……
とにかく、少しずつ前向きになっていることは自分でも感じていた。



いつしか、花屋での時も流れ、私はアレンジも活け込みも出来るようになっていた。
以前はオーナーの奥様がやってらっしゃったその作業を、今では私が受け持っている。
花の名前ももうほとんど覚えた。
今では、名前や特徴だけではなく、その花の花言葉さえ覚えてる。



人間とは勝手なもので、そうなると、働き始めたあの頃みたいなきらきらした気持ちは失われていた。
楽しくないわけではないけれど、花屋での仕事がすっかり日常の一部に溶け込んでしまって、刺激のようなものがなくなっていた。

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