純愛は似合わない
1.再会
私は昔から夏が嫌いだった。

8月の暑さは、蜃気楼のように人を惑わせて、あるはずの無いものを見せたり、感じさせたりする。


普段はクーラーが効いていて、真夏でも涼しいはずの広々とした食堂でさえ、数百の人間が一堂に会すると暑苦しくて堪ったものではない。

月曜日の朝一番、急遽召集された社員達のざわめきは止まることなく、さざ波のように起きていた。しかし、新しいトップを目の前にした途端、皆一様に口を噤んだ。

私、成瀬早紀(なるせ さき)も、そんな社員の1人だ。

落ち着かない気分の自分にがっかりしながら、 思わず震えそうになる手を、ギュッと握りしめる。


もっと強(したた)かに生きたい。


こんなことを言ったら眼前にいる人物、友野速人(ともの はやと)は何と答えるのだろう。

お前は充分強かな女だと、皮肉の一つも漏らすかもしれない。


私は他の社員と同じように速人の姿を見詰めつつ、最後に会った2年前と違うところを探す。

少し痩せたのだろうか? くっきりとしたアーモンド形の二重に高い頬骨、つんと尖った鼻や形の良い唇は、速人が母親から譲り受けた容姿だが、以前よりもずっとシャープな印象を受ける。


高級なスーツに上背のある体躯を包み、更に増した厳しい表情は、経営者としての品格を感じさせた。

年を追うごとに、知っているようで知らない人になっていく速人の声が、食堂に設けられた檀上のマイクを通して頭の中に響いた。
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