薬指の約束は社内秘で
色んな意味で有名人な彼は、180近い長身でスッと伸びた背筋は立ち姿まで洗練されたように見えた。

私達が見つめ合ったのはほんの一瞬。
彼は子供じみた暴言を吐き捨てた課長に視線を戻し、臆することなくこう返した。

「社外に出せない派閥関係は、よく分かりませんが」

飄々と嫌味まで添えた彼に課長の顔が更に赤くなる。

(うわっ、やるなぁ。でも無駄口は叩かない地蔵のくせに毒は吐くのか)

彼の言うように社内の派閥なんてくだらないと思うけど、重役達が常務派と専務派にわかれて対立しているのは、社内情報に疎い私でも知っていた。

2課の課長が専務の子飼いの部下で好き放題やっているのも、有名な話だ。

鼻息荒く詰め寄る課長と涼しげな顔でそれを受け流す彼との間に、重苦しい空気が流れていく。

睨み合いが続くこと数秒。
先に視線を外した課長が扉近くで固まる私の存在に気づくと、

「なんだ、お茶なんていらん!」

勢いそのままに歩み寄り会議室を後にした。
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