身代わり王子にご用心
「やはり、あなたには涙より笑顔が似合ってる」
「えっ」
聞き慣れない褒め言葉に思わず顔を上げれば、桂木さんが私を見ていたのだけど。
その瞳にはとても暖かな、春の光を思わせる感情が浮かんでいて。ドキッと小さく胸が鳴った。
桂木さんが言葉を出さずにただまっすぐに私を見ている。そこに嫌なものは一切なく、胸がむずむずするような……甘いお菓子のような。ふわふわとした気持ちになりそう。
頬が熱くなった私は、急いで箸を取って次のお料理に取りかかる。
「み、見てください。このお魚……とてもきれいに焼けてますよね。この時期に鮎って珍しいです」
「そうですね……秋になったら、また天然物を食べに行きましょうか」
「は……」
なんて言われたのか解らなくて、目をパチパチと瞬いた。桂木さんは意味深な微笑みだけ残して、次の料理に箸を着ける。
……なぜ、秋の話になるのか私には全く理解が不能だった。
今は2月の初めで、3月の末には私はマンションから出ていくのに。
そうなれば、桂木さんと私はまた事務所での関わりしかなくなるだろうに。
……その時の私は、呑気にそう考えていたのだけど。
それが彼の思う壷だったのだと、後になって痛感する羽目になるのだった。