愛してもいいですか



近頃社員たちの間で、流れている噂。それは『社長が取引先に土下座をしたらしい』という、先日の一件のこと。

会社の社長が取引先に土下座をするなんて、と叱る意見も出ているだろう。けれどそれ以上に圧倒的に多いのが『絶対そういうことしなさそうなのに』という、驚きの声。



まぁそれも分かる。確かに彼女は見た目で見れば、少しプライドが高そうで、他人に土下座をさせても、自身がすることなどまずないだろう。

けれどそんな彼女が土下座をして、おまけにデートもほっぽり出して、折角のオシャレした格好もぐちゃぐちゃになるくらい急いで駆けつけたりして。

そんな噂と、最近彼女自身も普通に挨拶や会話が出来ていることもあって、評判は上々だ。



……まぁそのせいで、松嶋とか言っただろうか、あの男とは終わってしまったらしいけれど。



「あれ、神永さん?」

「ん?あぁ、日向」



一人エレベーターへ向かうべく廊下を歩いていると、偶然にも出くわしたのは眼鏡をかけた背の高い男……先輩であり、親会社へと移ったはずの神永さんだ。

相変わらず冷たそうな見た目の神永さんは、俺を見ると細いフレームの眼鏡を指先でくいっと持ち上げる。



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